なぜ日本人は民主主義よりも資本主義に順応したのか

pikarrr2010-06-25

1 日本人の慣習とリベラリズム
2 日本人の習慣の破れに対する強迫性
3 日本人と理性
4 日本人の国家依存
5 日本人の成功法則
6 日本人の「和」と「他者回避」
7 日本人と平等




1 日本人の慣習とリベラリズム



NHK教育ハーバード白熱教室 Lecture1 犠牲になる命を選べるか http://d.hatena.ne.jp/happysmiletalk/20100408/p1


あなたは時速100kmのスピードで走っている車を運転しているが、ブレーキが壊れていることに気付きました。前方には5人の人がいて、このまま直進すれば間違いなく5人とも亡くなります。横道にそれれば1人の労働者を巻き添えにするだけですむ。あなたならどうしますか?

そこからさらにサンデル教授は別のケースを提示します。では路面電車の別のケースを考えてみよう。こっちのケースでも『5人を助けられるなら1人が死んでも仕方がない』という原理をみんなが支持し続けるかどうか、見てみよう。

今度はキミは路面電車の運転手ではなく、傍観者だ。電車の線路のかかる橋にいて見下ろしていると電車の来るのが見えた。線路の先には5人の労働者がいる。ブレーキは効かない。このままだと電車は猛スピードで5人に突っ込み、5人は死ぬ。今回はキミは運転手ではない。

『なんにもできない』と諦めかけたとき、自分の隣に橋から身を乗り出しているものすごく太った一人の男がいることに気づく。もしキミがこの太った男を突き落とせば、彼は橋から走ってくる電車の前に落ちる。彼は死ぬが5人を助けることができる。さて、『彼を橋から突き落とす』という人は?



哲学とは限界状況で考えること


この問題は面白いが結果論でしかない。5人殺すか1人殺すかという問い自体が存在しない。死ぬ人数は事後的にしかわからない。だから誰も殺さないために1人側に向かう。また死ぬかどうかなんかまだわからないのに見学者を犠牲にするがわけない。

これを客観主義の誤謬という。これは限界問題を生み出すトリックであるが、このように限界で考えることが哲学である。実際は別に無理に限界で考えなくても問題もないわけだし、なかなか実際に限界的な状況は存在しない。

しかし近代社会は流動化が向上しせき立てられて限界に近い状況に追い込まれることが増えているともいえる

認知言語学の指導者の一人G・レイコフは、論理学的な「論証」という思想に、「客観主義」形而上学が含まれていることを明らかにしました。ここにいう「客観主義」形而上学とは、次のような見方のことです。すなわち、あらゆる現実は人間の理解の働きから独立した「もの」からなっていて、「もの」はいついかなる時点においても同一であり続ける属性および関係を有する、とする世界観です。

客観主意は、人間がどのようにしてものごとを知ることができるのか、人間の正しい論理的思考とは何か、真理とは何であり意味とは何であるか、といった哲学の基礎的な問題に対して、首尾一貫した解答をもたらそうとする企てでもあります。P23-24


「新修辞学」 菅野盾樹 (ISBN:4906388965



日本人のハイウェイ社会


日本人はハイコンテクストな「ハイウェイ社会」を生きている。みなが単一の価値を共有し、その価値で円滑に進行できるように社会環境が整備されている。だから日本に住む限りハイウェイのように鼻歌まじりに生活できる。

海外では生活圏を抜けるととたんに多様な見知らぬ価値に出くわし、限界状況につまずいてしまう、いわば凸凹道である。だから回りに気を配り、鼻歌まじりに生活するわけにはいかない。

日本人が凸凹道に躓くのは思春期だろう。それは若者が大人の引いたレールを走りたくない!ということもあるが、最近では甘やかされて育った若者がうまくハイウェイに乗れずに、限界状況に突き当たる。いじめとか、引きこもりなども円滑にハイウェイに乗れない限界状況の一例だろう。

限界状況は海外では多民族間に、日本では若者に現れやすい。日本では哲学が社会思想として必要とされず、思春期の悩みとして消費されるのはこのためだ。



ハイウェイとハイウェイが交差するとき限界状況が生まれる


「ワクチンの優先順位で誰を先にすべきか」も政治思想的には限界状況として現れる。もし功利主義なら子供となり、老人が一番後になるのだろうか。実際にそんなの聞いたことがない。普通は子供が先で、次に老人で、最後が健全な成人だろう。

これは弱いものを助ける慣習と考えた方がいい。慣習には限界状況はない。そうだからそうなのであって、ようするにハイウェイだ。

しかしワクチンの優先順位で、ある共同体の慣習が弱い者から助けることを善として、もう一つの共同体が強い者から助けることを善とする場合に、これらが混ざった共同体群ではどうするのか。このハイウェイとハイウェイが交差するとき、限界状況が生まれる。すなわち「ハイウェイ」というメタファーの意味は、その共同体の「いわずもがな」の慣習、善である。



子世代が親世代に寄生する現状は日本人の慣習による


たとえば日本で若者の正規雇用の就職率が低い理由のひとつは、自由競争ではなく、既得権益を重視する慣習があるからだろう。これは、やや強引にいえば、江戸時代からの農民の家父長制がのこっている面があるだろう。家長の雇用を重視して保護する。すると子の世代の就職が犠牲になる。

だからフリーターやニートにより子世代が親世代に寄生しつづける傾向はあながち間違っていない。誰にワクチンを打つか。誰に正規雇用を与えるか。果たして、日本人ハイウェイのままで国際競争力に勝っていけるのか。ここでサンデル先生が登場する。「キミたちの意見が聞きたい!」



2 日本人の習慣の破れに対する強迫性



日本の良さが若者をダメにする レジス・アルノー
http://newsweekjapan.jp/column/tokyoeye/2010/04/post-158.php


・・・18歳になるまで日本で暮らしたフランス人の多く(いや、ほとんどかもしれない)が選ぶのは、フランスよりも日本だ。なぜか。彼らは日本社会の柔和さや格差の小ささ、日常生活の質の高さを知っているからだ。

日本とフランスの両方で税務署や郵便局を利用したり、郊外の電車に乗ってみれば、よく分かる。日本は清潔で効率が良く、マナーもいい。フランスのこうした場所は、不潔で効率が悪くて、係員は攻撃的だ。2つの国で同じ体験をした人なら、100%私の意見に賛成するだろう。

・・・日本の若者は自分の国の良さをちゃんと理解していない。日本の本当の素晴らしさとは、自動車やロボットではなく日常生活にひそむ英知だ。

だが日本と外国の両方で暮らしたことがなければ、このことに気付かない。ある意味で日本の生活は、素晴らし過ぎるのかもしれない。日本の若者も、日本で暮らすフランス人の若者も、どこかの国の王様のような快適な生活に慣れ切っている。

外国に出れば、「ジャングル」が待ち受けているのだ。だからあえて言うが、若者はどうか世界に飛び出してほしい。ジャングルでのサバイバル法を学ばなければ、日本はますます世界から浮いて孤立することになる。「素晴らしくて孤独な国」という道を選ぶというのであれば別だが。

習慣が破れることへの日本人の強迫性


ファーストフードではみなが淡々と注文し食事をしているが、たまにお年寄りが必死に店員と交渉しているのを見かける。はじめてなのか、注文のシステム自体を知らずに恥ずかしそうに懸命に注文している。しかしこのような場面は誰にでもあるだろう。初めての手続きに慣れないだけではなく回りから浮いていることが恥ずかしい。

日本人にとって習慣で処理できないこと、始めての場面に出くわしてフリーズしてしまうこと、は恐怖である。それは日本人でなくても恐怖だろうが、多くを習慣で処理できるハイコンテクストな社会を生きている日本人には強迫的な恐怖である。

外国人は多かれ少なかれ異文化が身近にあり生まれながらに「習慣の破れ」を経験する。そして対処方法も訓練として身につけている。習慣の破れをいかに乗り越えるかといえば、簡単に言えば開き直りの自己主張しかない。そのために西洋人は笑顔と交えた社交性の技術を身につけている。

ハイコンテクストな社会を生き、習慣の破れに慣れていない日本人は慣れずキョドってしまう。自らを主張するとは慣習を越えて自らを曝け出すことであり日本人にはとても不慣れな技術である。



強迫性がガラパゴス化を生み出す


日本人の高度な商品文化はクールジャパンとして有名である。生活の細部にわたるまで行き届いた商品群や、痒いところに手が届くようなサービス。粗雑、適当なサービスで生活する外国人には驚きである。これはまさに日本人の習慣の破れへの強迫的な恐怖心の裏返しではないだろうか。日本人は社会を習慣で満たさなければと懸命なのである。

日本とは「舗装された道」が張り巡らされたようなものだ。それによって足下気にせずに習慣で歩ける。それに対して、海外にはいろんな道があって足下に気をつけながら歩かなければならない。

それでも西洋人は段差を歩く技術を身につけている。それに対して日本人は転けても仕方がないという開き直りことができず、転けることが恥なのである。だから懸命に道路を舗装しようとしているのだ。

日本人が資本主義世界で成功しえた理由のひとつ、特に近年の消費中心社会での成功は、資本主義の成功が習慣の断絶を回避する方法であるからだ。強迫性が必要以上に商品を高度に発達させる原動力になり、内需を成長させてきた。

日本のガラパゴス化と言われる現象もここからきている。日本製品特有の過剰な多機能性は「舗装された道」への強迫性である。だから海外製品に比べて日本製品は病的であり、海外で売れるわけがなく、ガラパゴス化することになる。



「若者の〜離れ」は日本人特有の他者依存に基づく


しかし最近、内需が閉塞しているのはなぜか。経済の停滞だけでは説明できないだろう。その特徴の一つが「若者の〜離れ」に現れてるのだろう。

日本の「若者の〜離れ」のポイントは、他者回避にあると思う。社会的な他者と交わることからくる束縛=拘束を回避したい。他者と向き合うことで生じる社会的な責任を回避したい。一人でコンビニエンスな生活、ネット上のコンビニエンスな他者との会話を気楽に楽しみたい。

このような他者回避がとても日本人的であるのは、まったく他者を回避しているわけではなく、逆に社会に依存していることで可能になっているためである。

西洋のように、異文化の「他者」が身近にいて習慣が分断されている社会で、他者を回避することは、他者がなにを考えているかわからず、とても恐ろしいものになる。たとえば日本人は黒人がそばにいるだけで違和感を感じる。安心するためには積極的に社交するしかない。解り合えるということではなく、社交として安心を確認しあう。

たとえば米国でエレベーターで一緒になると笑顔を交わし合うようなことだ。逆に日本人のように無表情でいるのは西洋人には恐怖に感じる。だから多民族の西洋では日本的な他者回避は難しい。

日本人の若者の他者回避、必要以上に干渉しないで欲しいという関係は、真に他者と関係を絶つことでは不可能である。日本人のハイコンテクスト、高い習慣の同期性によって可能になる。そしてそこにはある程度のお金さえあれば一人でいけるほどに十分に成熟した資本主義の消費文化がある。

文の構造、すなわち言葉の秩序が、具体的で特殊な状況に超越し、あらゆる場面に通用しようとする傾向は、中国語にくらべても、西洋語とくらべても、日本語の場合、著しく制限されている。そういう言葉の性質は、おそらく、その場で話が通じることに重点をおき、話の内容の普遍性(それは文の構造の普遍性と重なっている)に重点をおかない文化と、切り離しては考えることができないだろう。この文化のなかでは、二人の人間が言葉を用いずに解りあることが理想とされたのであり、主語の省略の極限は、遂に、文そのものの省略にまで到ったのである。またおそらく文の構造が特殊な状況に超越しない言語上の習慣は、価値が状況に超越しない文化的傾向とも、照応している。P19-20

本来日本的な世界観の構造を叙述することは、明示的な理論体系の特徴な列挙するほど容易ではない。神道の理論的な体系は、ト部兼倶から平田篤胤に到るまで、儒・仏・道、またキリスト教の概念を借用している。外来思想の影響をうけない神道には理論がない。そこで儒・仏の影響の少ないとされる記・紀・風土記から土着的と想像されるものの考え方を抽象するほかないだろう。P36-37


「日本文学史序説」 加藤周一 (ISBN:4480084878



3 日本人と理性


生き続ける理性主義


現代では理性は古臭い概念だと考えられている。たとえば思想史で語れば、十七世紀に現代哲学の始まりとされるデカルトは論理的に理性を担保しようと考えた。十八世紀の啓蒙主義では理性の担保はデカルト的演繹から、ニュートン帰納へ移った。

隠された世界の法則は実験により発見される。理性は真実へたどり着く意志である。しかしヒュームの懐疑から、カントの理性批判を経て、十九世紀には隠された真理への到達は断念される。

しかし現実に心理学、社会学など人間科学技術への熱狂は増すばかりでありそこには神はサイコロを振らないという法則性への情熱がある。それは今もかわらない。もはや基礎付けする主体の理性を求めるよりも人類という全体の理性を求める。

たとえばニュートンが天体の動きを数学の完結性で説明した衝撃はいかほどだっただろう。あるいは人口統計から正規分布などの法則性が見いだされた衝撃は。オッカムの剃刀はまさに人々に理性を信仰させる強烈な魔力である。

たとえば最近では脳科学還元主義がある。様々に人の脳の機能に還元されて語られる。男と女の違い、様々に人の振る舞い。これは単なる無知ではなく、変わらない理性を求める情熱である。



資本主義による流動化と異邦人(ストレンジャー


確かに近代前にも理性は求められた。しかしそれは学問をめざすものなど一部で、土着に生活する多くの人は確かなものなど求めなかっただろう。なぜ近代以降に過剰に理性が求められるのは、始まりのデカルトにすでに解があるだろう。

デカルトはまだ人々が土地に根付いた土着の時代に旅人であった。さまざまな文化に触れて確かなものとはなにかと考えるようになる。しかしこれを単に好奇心だけといえないだろう。そこには現代人につながる疎外からくる恐怖がある。

十八世紀末の産業革命前から西洋はすでに商業を中心とした前資本主義時代であり、商品の流通の活発化、都市化とともに社会の流動性が向上しはじめていた。「貨幣の前の平等性」が土着的社会を下から、そして巨大化する資本力が国家として上から解体し、流動性の資本主義へと再構築されていく。

そして社会の流動性が上がることでうまれる異邦人(ストレンジャー)としての疎外感。その浮遊感を支え、また目指すべき定点として理性は求められた。それはまた世界へ拡散する資本主義の西洋的な正当性を支える定点でもあった。



開国日本の理性としての天皇


十九世紀には日本を襲った津波はこのようなものだった。日本は江戸時代の安定期にすでに都市化が進み商業が発達していた。しかし鎖国の中で培養された日本人はあくまでも土着に充足する人びとだった。

だから開国をするということは西洋に対抗する経済力を身につけるだけではなく、対抗する理性を見出すことでもあった。急速な富国強兵のために日本が選んだのは江戸時代からの階級体制を活用し労働力を生み出す方法である。そのための定点として天皇が選ばれた。

わたしは教師たちへの従属から解放されるとすぐに、文字による学問[人文学]をまったく放棄してしまった。そしてこれからは、わたし自身のうちに、あるいは世界という大きな書物のうちに見つかるかもしれない学問だけを探究しようと決心し、青春の残りをつかって次のことをした。旅をし、あちこちの宮廷や軍隊を見、気質や身分の異なるさまざまな人たちと交わり、さまざまの経験を積み、運命の巡り合わせる機会をとらえて自分に試練を課し、いたるところで目の前に現れる事柄について反省を加え、そこから何らかの利点を引き出すことだ。

つまり、われわれにはきわめて突飛でこっけいに見えても、それでもほかの国々のおおぜいの人に共通に受け入れられ是認されている多くのことがあるのを見て、ただ前例と習慣だけで納得してきたことを、あまり堅く信じてはいけないと学んだことだ。こうしてわたしは、われわれの自然[生まれながら]の光をさえぎり、理にしたがう力を弱めるおそれがある、たくさんの誤りからだんだんに解放されたのである。P17-18


方法序説 デカルト (ISBN:4003361318

19世紀の確率論者たちは自分たちの理論を統計的頻度を用いて理解した。19世紀の社会科学者たちは規則性を探究したが、それは個人行動というミクロのレベルではなく、むしろ社会全体というマクロのレベルでの規則性であった。18世紀の思想家にとり、社会は法則に支配されたものであったが、それは社会が合理的個人の総計であったからである。19世紀の反対者たちにとっては、社会はその構成員が非合理的な個人であるにもかかわらず、法則に支配されていた。P200


「確率革命」 第6章 合理的個人と社会法則の対立 L.J.ダーストン (ISBN:4900071692

ケトレーはこれらの初期の著作において、何よりも次の事実に関心を向けた。すなわち身長的特徴の平均や非身長的特徴、たとえば犯罪や婚姻の比率は、長期をつうじてまた国のいかんを問わず、年齢その他の人口学的変数と驚くべき安定的関係を示すということである。彼が社会的世界の「法則」とよんだのはこれらの関係である。平均人という考え方は、1835年の彼の最初の本で最大の役割を果たしている。しかし彼は1840年以降になると、平均や比率の安定性だけではなく、それ以上にこれらの特性の分布に関心を示した。彼は人間の身長や体重の分布をグラフに描いてみると、今世紀初めから研究されていた観測誤差の分布と非常に似ていることに気づいた。そこで彼は、身長的属性の分布を正規分布であるかのごとくみなせるという固い信念を持つようになった。・・・彼の確信によると、十分な観察ができれば、身長的特性の分布のみならず、身体的でない特性の分布もつねに正規分布になる。P234-235


「確率革命」 第8章 生命・社会統計と確率 ベルナール=ピュール=レクイエ  (ISBN:4900071692



4 日本人の国家依存


国家主義が日本人の「常識」を支えつづける


日本は明治時代以降、西洋の「常識」にさらされ、日本人の「常識」への懐疑を持っただろう。しかしそれを回避したのが天皇を中心とする国家主義である。西洋の植民地化を避けるために、国家主義のもと、実質的に江戸時代から続く階級制度を維持しつつ、一丸となって経済発展を目指す絶対主義体制である。

西洋の産業技術はどん欲に受け入れながら、西洋から持ち込まれる民主主義、特に左翼思想は弾圧された。市民革命を回避するためだけではなく、日本人の連帯を疎外する「常識」への懐疑を排除するためである。

このような国家主義傾向は昭和を経て戦後になっても続く。なぜ米国が戦後も天皇制を継続したのか。その一つがすでに始まっていたロシアとの冷戦構造において、日本を左翼化させないためである。すなわち天皇制を否定することで日本人が「常識」への懐疑に陥らず、継続して国家主義を維持するようにする。

当然、それまで国家主義を推進してきた軍部は解体されたが、制度的な民主主義は取り入れられつつも、天皇制は継続、そして財閥は実質的には維持された。戦後、国家主義は財閥などの大企業を中心とした会社社会として生き延び、日本の経済復興を推進した。国家の庇護の元、大企業を頂点とした下請けへと広がるピラミット構造による護送船団である。

これによって終身雇用を基本とした会社社会の中で、また日本人は懐疑することなく「常識」を信じ続けることができた。



現代の国家依存への限界


いま、会社社会が解体しつつある。それとともに、近年、政府への要望、依存が直接的でヒステリックになりつつある。次々に首相の首を取り替え政党を取り替える。関心は年金や事業仕分けを象徴とする国家による富の分配である。

すなわちそれでも人々は日本人の「常識」を信じるしかなく、その源を国家に求めている。会社が見捨てても、社会が見捨てても、まさか国家は日本人を見捨てるわけがないと。

それも限界だろう。自民党埋蔵金を隠し持ち、国民に分配されないと民主党も持ち上げた。だがそんなものはなかったことがわかった。公約違反と鳩山首相の首を切るのもいいだろう。しかしいくら国家の財布を振ろうがないものはない。もはや国家への信頼だけでは生きていけない、ところに来てしまっている。

確かに日本人は「日常生活にひそむ英知」による「どこかの国の王様のような快適な生活に慣れ切ってい」たのかもしれないが、もはや限界に近づきつつある。その快適さは「常識」を支える国家に深く依存して来たからだ。

この国家依存からいかに脱却するか。大きな曲がり角に来ていることは確かだろう。オタクやネットなどのサブカルチャーへ埋没することで日本人の「常識」を延命しつつ、省エネ型の生活で堪え忍ぶのも限界だろう。

日本人も「常識」を懐疑し、市民社会としてのルールを組み立てていくか。海外へ積極的に出て行くときには当然必要になるものだ。

(日本人には)「人間」日本教「空気」「常識」、こうした概念、その意味内容は、中性的で、無性格で、どこにでもあるという点で共通している。空気のように毎日それを吸っているのに感じないという点である。

つまり、法律として国家で決められようと、その条文を理性的に読めばそのとおりであろうと、その理屈の外、法律の外に、日本教「人間」という観念を措定しており、それに抵触するような「非人間的」なこと、たとえば生きていけなくなる、あるいはそこまで行かなくても、人間らしく暮らせないようであれば、法は無視してもよいと考えられているのだ。

・・・日本では、神ではなく自分たち「人間」が最上の価値なのである。だから、その「人間」レベルにある「常識」は、「人間」が解釈して使いやすくすることに何の問題もない。・・・その「人間」自体も、観念として抽象化されてはおらず、常に生身の裸の人間という具体のレベルで捉えられ解釈され直すのであって、抽象化された言葉で書かれたりしてはならない。

というものの、そうした曖昧さと言い合いにもかかわらず、日本社会は壊滅することなく動いているし、むしろその安定さを指摘されることが多い。逆に言えば、「人間」「常識」「場の空気」を正しく認識するために、日本人は多くの時間を互いの考えのすり合わせのために費やしているということであり、かつ、結果としてはかなり程度まで、共通理解を獲得することに成功しているということである。これはまた、こうした共通解を会得しなければ、「日本人になれない」ということである。


「日本人論」再考」 船曳建夫 (ISBN:4062919907)  P248-251

明治維新からまもない一八七一年に新政府は・・・指導者階層を二つに分けて、そのどちらかといえば若いそれ故に学習能力をもつ部分をヨーロッパと米国とに送って西洋の制度を勉強させました。

高級官僚の派遣団は西洋諸国の技術の発達とその能率から深い印象を受けます。彼らはまたその能率のある統治組織を推し進める宗教および倫理の信条をもうらやましいものと感じました。この故に彼らは能率の高い技術文明を支える力として、日本の神道の伝統を模様替えして取り入れる流儀を採用しようと考えました。こうして天皇崇拝は、日本においてそして日本だけに栄えるものになる技術文明の殿堂の思想的土台として据えられることになりました。


「戦時期日本の精神史 1931‐1945年」 鶴見 俊輔 (ISBN:4006000502) P58-59

(明治政府の)地租改正と殖産興業という2大原畜政策に結びついてもっとも巨大な利益をあげたのは、いわゆる政商であった。彼らは政府との特権的結合を基礎に活動する前期的資本家(商品・高利貸)であり、産業的基盤を得ることによって財閥に転化していく。

かかるものとしての政商は、歴史学的には、絶対王政期の初期独占と基本的には共通した性格のものとして把握することができよう。イギリスやフランスの場合、初期独占はブルジョア革命を通じて打倒され、その結果の条件を得た小ブルジョアブルジョアジーの競争のなかからやがて独占段階を特徴づける近代的独占が生み出されてくる。しかし日本の場合はこれと異なり、初期独占としての政商がなしくずしに財閥に転化し、その財閥が早くから近代的独占としての側面を帯びるようになるのであって、初期独占と近代的独占の間に系譜的断絶がない点に特徴がある。


「日本経済史」 石井寛治 (ISBN:4130420399) P136

日清「戦後経営」を通じて新しい「国家資本」が次々と作られた。産業革命期を通じて国家資本の比重がかえって増大しつつ、産業資本の確立を帝国主義への転化を推し進めていったことは、日本資本主義の大きな特徴であった。

巨大な国家資本とくに官営企業を維持・発展させるためには国家財政からの絶えざる資金投入が必要であり、そのことが農民その他からの租税収奪の強化をもたらし、農村の半封建的構造を下からのブルジョア的発展を通じて打ち破る動きを摘み取り抑圧したということであろう。

軍需に代表される国家市場の形成が民間重工業の発展を促す動きもとくに日露戦争後にはみられているとはいえ、その利益にあずかったのは主として財閥系企業にすぎず・・・「国家資本と財閥資本との関連(癒着)の仕方そのものの中に、日本型ブルジョアジーの序列的・重層的構成を決定づける契機が内包されていた」


「日本経済史」 石井寛治 (ISBN:4130420399) P243-246

GHQの)財閥解体政策によって中枢の本社機能が解体され、特に持株会社は廃止された。・・・打撃を受けたのは、どちらかといえば「新興財閥」であって、「旧財閥」は分散はしたが復活の芽を多く残していた。傘下の大企業は残されたし、・・・財閥の中枢機構としての金融機関はまったくといいほど、手がつけられなかった。

しかも、冷戦体制が明らかになるにつけて、アメリ占領政策の転換が起こった。51年7月に持株会社整理委員会は解散したので、財閥解体業務は終焉した。この後、日本の財閥解体は急激に緩和されることになり、日本資本主義の発展には有利となった。したがって、戦後復興にこれら大企業がそのまま関与して、復活した。


「戦後日本経済の総点検」 金子貞吉 (ISBN10:4762006777) P11-12

現代日本人おいて)何かしてくれる国家について国家論は盛んであり、そこに臣民意識が現れるが、国家主権といった国際政治における主体の問題としての国家とそれを動かす国民の議論はない。国債、年金、道路といった、「生活環境のインフラ」としての国家に関心があるのだ。もちろんそうしたインフラは、国家そのものである。しかし、それを動かす国民はどのようなものかは心底の関心にはなっていない。

・・・「市民」というモデルが、いわゆる「市民活動」にたずさわる人というのであるならば、それは社会に広く行き渡り、現実化している。・・・しかし、それは西洋型の市民というのとは違うだろう。・・・日本の市民は「社会」ではなく、「世間」に生きている。日本の「市民」は庶民と同義にとらえられ、使われている。「市民」のカッコはなかなかとれない。


「日本人論」再考」 船曳建夫 (ISBN:4062919907)  P297-298



5 日本人の成功法則


思想は身体訓練で伝承される


日本人に思想が無いわけでなく、わざ、習慣、身体訓練として伝承され、言語化されないわけです。実は思想の在り方としてはこちらが一般的です。太古から民族はそうして思想を伝承してきたわけです。まず理解しないといけないことは、言葉は思想伝達法としてほぼ使いものにならないということです。

たとえば会ったことも見たこともない民族がいて彼らの思想について書いた本を読んで何がわかるでしょうか。実際に一緒に生活してみないとなにもわかりません。

言語信仰に毒された現代人にはこれを理解することがまずできない。まさに「馬鹿の壁」が目の前にある。*1

たとえば旨いザーサイを食べたリボーターはいかに読者にその旨さを伝えるか。日本人同士は親しげに「食べてみなよ」と勧めます。西洋哲学者はそれをメタファーや造語を駆使して伝えるわけです。それは実際に食べるより素晴らしくみなを魅了するわけですが、正確な伝達とは別です。



言語思想の暴力性


言語で思想を伝えなければならない状況はとても極限的な状況です。その状況とは多民族に自らの思想の正当性を訴えかける弁論述です。

日本人が日本人論を書き始めたのは明治入り知識人が留学を始めてからです。島国日本では思想は、わざ、習慣、身体訓練であり、他者に自らの思想を訴えた経験もなく、当然、うまく言語化できない。それが近代日本知識人の劣等感だったわけです。

いまでもよく、日本人は明確な言語思想をもち外国に主張しなければならないといいますが、本当でしょうか。言語思想を語りあえばわかりあえるのでしょうか。

そもそも西洋の近代思想はいかに発展したか。世界の資本主義化と密接な関係があるわけです。すなわち西洋の貿易先(資本主義)を広めるために、海外に向けては植民地化の正当性を巧みに訴えるためです。たとえば日本人もアジアへ侵略した時は珍しくその思想を懸命にしゃべりましたね。



日本人思想の成功法則


日本人は辺境島国に棲み言語思想の習慣を持たない。だから海外から伝わる言語思想が入ってきても、対立する言説がなく寛容ですぐに「かぶれ」る。日本人はいままでの日本人はダメだといいつつ、世代ごとに到来する渡来思想にかぶれている。しかしこれは習慣としての日本思想にすぐに影響がないからできてる、うわっつらです。

たとえばラップミュージックは日本に輸入され30年近く経ちやっと歌謡曲レベルにまで浸透してきましたが、日本人に「YO!」とか言われるとお尻がくすぐったい。

外来思想が真に日本人の思想に影響を与えるには時間をかけて習慣化するときです。人が一度覚えた習慣は簡単に変わらないことを考えると、世代を変えないと新たな習慣は吸収されないといえます。そして習慣化される長い過程で外来思想はいつの間にか日本風にアレンジされているわけです。ここに日本人の伝統的な成功法則があります。

芥川龍之介はたくさんの短編小説を書いていますが、素材から見て、主に、明治の文明開化期、十六世紀のキリシタン平安時代「今昔物語」などに依拠しています。それらの選択は恣意的に見えます。しかし、よく見ると、芥川に、彼が生まれる以前の日本人が、外国の文化や思想をどのように受け取ったかという問題を検証しようとする一貫した意思があったように思われるのです。

それを明確に示すのが、「神神の微笑」という作品です。これはいわゆるキリシタンものの中で最も重要な作品です。ここには特に筋のようなものはありません。主人公、イエズス会の宣教師オルガンティノは、日本の風景を美しく思い、キリスト教の広がりにも満足しているのですが、漠然と不安を覚える。「この国の山川に潜んでいる力と、多分は人間に見えない霊と」戦わなければならないと、彼は考える。彼はしばしば幻覚におそわれるのですが、そのなかに老人があらわれます。彼は日本の「霊の一人」であり、日本では、外から来たいかなる思想も、たとえば儒教も仏教も、この国で造り変えられる、と語ります。《我我の力と云うのは、破壊する力ではありません。造り変える力なのです。》P62


「日本精神分析 柄谷行人 (ISBN:4061598228



日本人は資本主義に順応し民主主義に順応しない


近代化の過程で日本人は、護送船団型資本主義のように独自のアレンジをしながらも資本主義によく順応しました。これは産業技術が実践的で習慣訓練化しやすいからでしょう。それに対して民主主義はうまく修得できていません。これは民主主義思想が多分に言語思想だからでしょう。

左翼の本質は主知主義であると言われます。主知主義とは、知性、理性、悟性を重視する思想です。人の知性によって世界は設計できるということです。言語化できない習慣は重視されません。

現代日本においてこれだけ世界に誇る技術大国になっても、西洋の哲学思想という言論術は中二病者の屁理屈としてしか受け入れられていないのが現状です。



資本主義への順応しすぎによる閉塞


現代日本人の問題は言語思想を持たないことよりも、あまりに資本主義に順応しすぎていることにあるのかもしれません。資本主義、すなわち貨幣価値を基本とする社会システムへ順応しすぎると、「形式的合理性」の問題に陥ります。予測可能性が高い、コンビニエンスで安全な社会の中で人々が無気力あるいは、漠然とした不安に陥っていく。

現代の日本人が「自分たちの言葉を持ちたい」と思うことの背景には、異文化に向けて自己の正当性を主張したいというよりも、あまりに資本主義に順応しすぎたことによる閉塞からの反動があるのかもしれません。

なぜ、市場原理主義が貧しい形式的合理主義・マクドナルド的な再帰性に陥るのか・・・マクドナルド化における予測可能性とは、偶然性を排除することであり、計算可能性においては、質より量を重視する。

マクドナルド化は、形式的合理性の内部に留まり、実質的合理性を欠く事態を指す。ここから形式合理性の内部で反射的に振る舞うマクドナルド的主体」という概念が導き出される。哲学者の東浩紀は、この「主体のマクドナルド化動物化という概念で記述している。動物化とは、・・・通常の主体と構造は変わらず、形式的合理性の論理で行動するマクドナルド的主体」を指すものと考えられる。


ネオリベラリズム精神分析 樫村愛子 (ISBN:4334034152



6 日本人の「和」と「他者回避」


日本人の非連続性


日本の大衆音楽史を語る場合には、日本音楽史のみを語っても意味がないだろう。西洋音楽史と平行して語る必要がある。連続性を持つのは西洋音楽史で、日本の音楽は各時代ごとに西洋から輸入され改良される。だから日本大衆音楽史は非連続的である。

これはそのまま明治以降の日本の思想史、そして精神史にも当てはまるのではないだろうか。「日本人とは」という日本人像のとらえにくさの理由のひとつがそこにある。多くにおいて日本人論が世代論として語られるのはそのためだ。

私達の伝統的宗教がいずれも、新たな時代に流入したイデオロギーに思想的に対決し、その対決を通じて伝統を自覚的に再生させるような役割を果たしえず、そのために新思想はつぎつぎと無秩序に埋積され、近代日本人の精神的雑居性がいよいよ甚だしくなった。

・・・問題はむしろ異質的な思想が本当に「交」わらずにただ空間的に同居存在している点にある。多様な思想が内面的に交わるならばそこから文字通り雑種という新たな個性が生まれることが期待できるが、ただ、いちゃついていたり喧嘩したりしているのでは、せいぜい前述した不毛な論争が繰り返されるだけだろう。


「日本の思想」 丸山真男 (ISBN:400412039X) P63-64



「和を重んじる」「他者回避」


それでも、連続性を見いだせる日本人の特徴もある。たとえば「和を重んじる」。集団を重視し主体性が低い、という特徴は、どこに帰属意識の重点を置くかの違いだけで今もかわらないのではないだろうか。

たとえば最近の若者の特徴である「他者回避」は、日本人が自立した主体として西洋化しつつということではなく、逆にいまも「和を重んじる」帰属意識の引力働いている故にそれを回避しようという特徴だと言える。

グローバル化した商品貨幣交換社会であるが、日本ではより洗練された形態になっている。たとえばファーストフード、ファミレス、コンビニなどのようなマクドナルド化が多くの品種で全国に展開されている。

どこでも誰でも24時間、等しい価格という平等を実現している。これは商品交換では当たり前だと思うかもしれないが、世界的にはいまだに市場(いちば)での定価のないその場での交渉による商品交換が一般的だ。日本のような高度に発達した消費社会を実現するには全国に高度な商品ネットワークシステムが張り巡らされている必要がある。

このような高度消費社会によって、安価で「他者回避」しながらそれなりに快適な生活ができてしまう。そして若者は快適な環境の中で、日本人の集団圧を感じていることの裏返しとして、「他者回避」を望む。その反動として、若者はネットで「コンビニエンスな他者」とのつながりを過剰に求めている。



「他者回避」「和を重んじる」ことの成熟した形態


日本人の「和を重んじる」性向がどこに起源を持つかは色々議論があるだろうが、明治以降は西洋に対抗するため「和を重んじる」総力戦で進めてきた経済成長戦略の帰結として、世界に例を見ないコンビニエンスな社会を作りあげた。

そして継続する「和を重んじる」ことへの裏返しとして「他者回避」をする。あるいは儀礼的無関心を消費社会の倫理であるとすれば、「他者回避」は高度消費社会おける「和を重んじる」ことの一つの成熟した形態といえるだろう。

なぜ、市場原理主義が貧しい形式的合理主義・マクドナルド的な再帰性に陥るのか・・・マクドナルド化における予測可能性とは、偶然性を排除することであり、計算可能性においては、質より量を重視する。

マクドナルド化は、形式的合理性の内部に留まり、実質的合理性を欠く事態を指す。ここから形式合理性の内部で反射的に振る舞うマクドナルド的主体」という概念が導き出される。哲学者の東浩紀は、この「主体のマクドナルド化動物化という概念で記述している。動物化とは、・・・通常の主体と構造は変わらず、形式的合理性の論理で行動するマクドナルド的主体」を指すものと考えられる。


ネオリベラリズム精神分析 樫村愛子 (ISBN:4334034152



7 日本人の民主主義


「貨幣の前の平等」から「民主主義の平等」


人は生まれながらの特性も違うし、育つ環境も違うし、習慣において平等というのはありえないですね。歴史上そんな文明はなかった。それが、資本主義が全面化したときに大きな変化が起きる。貨幣交換が浸透すると貨幣の前に平等が生まれる。

貨幣交換では相手が誰だろうが貨幣を持っていることで商品交換が成立するという「貨幣の前の平等」がうまれる。これは今で言えば自由主義思想ですね。自由に経済活動を行うことで平等は自ずと達成される。

しかし資本主義が浸透する過程でどうもそううまくいかないことがわかってくるたとえばマルクスが注目したのが貨幣交換ではなく資本です。貨幣が資本という形態を取る場合には「貨幣の前の平等」とは異なる挙動をする。

資本は貨幣交換機能を超えて、貨幣を生み出す。そして資本家は生み出された貨幣を独占している。だから平等はもっと能動的に目指すべきものである。「貨幣の前の平等」を超えて平等を様々に拡張する「民主主義の平等」が考えられる。すべてを平等に社会設計する社会主義思想が生まれた。

現代では「民主主義の平等」の極限を目指す左翼思想は廃れましたが、右派、左派は基本的にこの流れに準じているでしょう。中道右派(保守派)は、「貨幣の前の平等」を重視し、自由主義市場経済が浸透することで平等な社会が達成されていく。それに対して、中道左派(リベラル)はそれだけでは不十分で富の不平等がおこるから積極的に富の再配分制度を導入する。



「民主主義的な平等」を習慣化することの困難さ


「貨幣の前の平等」市場経済が浸透することである程度習慣化されて社会に根付くでしょう。実際日本の資本主義は護送船団型としてやって社会に習慣化されて根付きました。不平等(搾取)はおこっているでしょうが、社会全体が豊かになることで許容されてきた。

それに対して貨幣の前の平等を超えた「民主主義的な平等」は、まず言語思考し、理論化して、法整備して制度を作り、さらに教育して、実戦として習慣として社会へ浸透させなければならない。特に言語思考から理論化する習慣に乏しい日本人の苦手な領域です。

過剰な平等は習慣によって社会秩序を維持することに長けた日本人には、杓子定規で感じるでしょう。だから西洋での制度導入を横目に、理念への理解とは関係なく、導入してみるということになります。



民主党支持の左旋回が目指すものは


では現在日本でおこっている長期自民党保守政権から民主党政権への左(リベラル)旋回はいかなる意味を持っているのでしょうか。遅ればせながらとうとう日本にも市民(プロレタリア)革命が起きようとしているのでしょうか。

事業仕分けのパフォーマンスに一喜一憂し、首がすげ変えただけで支持する。そこには民主主義の権利と責任のような理念とは別世界ですね。

「貨幣の前の平等」はまた人を無名にすることで孤立させます。だから資本主義への高い順応は自由ですが、孤独である社会を作ります。護送船団型会社社会は個人を地域コミュニティから孤立化させることでまた会社コミュニティへの強い帰属を生み出しました。

しかし護送船団型会社社会が解体しつつあるいま、もどる地域コミュニティもなく、孤立した人々はもはや政府に頼るしかありません。しかし正確には「貨幣の前の平等」による自由気ままを経験している人々の目当ては政府の財布です。「貨幣の前の平等」の習慣を自由に生きたいが先立つものがない。だから富の分配に群がる、ということでしょう。

日本人が民主主義なる理念を習慣化する日が来るのか。そもそも必要なのか。サンデル先生に相談しましょうか。

仏教が日本に迎えられた最初の時代には、それはどういうふうに理解され信仰せられたのであるか。・・・当時の日本人の大多数が原始仏教の根本動機に心からな共鳴を感じ得なかったことは、言うまでもなく明かなことである。現世を止揚して解脱を得ようという要求を持つには、「古事記」の物語の作者である日本人はあまりに無邪気であり朗らかであった。

・・・彼らは仏教を本来の仏教としては理解し得なかった。彼らは単に現世の幸福を祈ったに過ぎなかった。それにもかかわらず彼らの側においては、この新来の宗教によって新しい心的興奮が経験され、新しい力新しい生活内容が与えられたのである。しかもそれは、彼らが仏教を理解し得たと否にかかわらず、とにかく仏教によって与えられたのである。従って彼らは、仏教をその固有の意味において理解し得ないとともに、また彼らの独特の意味において理解することができた。P45-46

かくして受容せられた仏教が、現世利益のための願いを主としたことは、自然でありまた必然であった。彼らは現世を否定して彼岸の世界を恋うる心を持たなかった。・・・がこれを、ある人がいうように、「功利的」と呼ぶのは正当ではないであろう。彼らの信仰の動機は、物質的福祉のために宗教を利用するにあるのではなくして、ただその生の悲哀のゆえにひたすら母なる「仏」にすがり寄るのである。この純粋の動機を理解せずには、彼らの信仰は解し得られないと思う。P52


「日本精神史研究」 和辻哲郎 (ISBN:4003314476

日本史を通じて思想の全体構造としての発展をとえようとすると、誰でも容易に手がつかない所以は、研究の立ち遅れとか、研究方法の問題をこえて、対象そのものにふかく根ざした性質にあるのではなかろうか。・・・これはあらゆる時代の観念や思想に否応なく相互関係を与え、すべての思想的立場がそれとの関係で −否定を通じてでも− 自己を歴史的に位置づけるような中核あるいは座標軸に当る思想的伝統はわが国には形成されなかった、ということだ。P4-5


「日本の思想」 丸山 真男 (ISBN:400412039X

日本において丸山真男がいう「古層」が抑圧されなかったのは、日本が海によって隔てられていたため、異民族に軍事的に征服されなかったからである、と。日本に入ってきた宗教が仏教であったがゆえに、「去勢」がおこらなかった、ということではない。仏教は特に寛容な宗教ではありません。逆にいって、一神教が特に苛酷だということもない。苛酷なのは、世界帝国による軍事的な征服と支配です。宗教がたんにその教えの「力」だけで世界に広まるということはない。その証拠に、世界宗教は、旧世界帝国の範囲内にしか広がっていないのです。世界帝国は多数の部族や国家を抑圧するために、世界宗教を必要とした。P104

「島」においては、自らの輪郭を維持するためのエネルギーが消費されず、また、外から何でも受け入れるが、プラグマディックにそれを処理して伝統規範的な力にとらわれず創造していくことが可能になる。こういえば、宣長「やまと魂」と呼んだものが、いかにして生じたかが説明できます。日本列島には多くの種族が古来渡来してきていますが、軍事的な征服は一度もなかった。だから抑圧あるいは「去勢」がなかったのです。P111


「日本精神分析 柄谷行人 (ISBN:4061598228

*2

*1:参照 「再び、なぜ人は「フレーム問題」に陥らないのか」 http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20080529#p1

*2:画像元 拾いもの