「国境のない世界」は本当に人類の目指すべき未来なのか?

pikarrr2010-11-23

国家群グローバリズムの誕生


国境不要論。左翼は唯物史観をとる。すなわち下部構造としての資本主義生産様式が資本主義時代を支えている。あらたな社会主義への革命では資本主義生産様式を転換しなければならない。すなわち国境とか関係なく世界同時革命を目指す。そして世界共和国へ!あとは最近ならばリバタリアン。グローバルな自由な経済圏、あるいはインターネットのグローバルビレッジなどが発達すれば、もはや国境は必要なくなる。

このように資本主義のグローバル経済圏を元に国境を批判することが多い。しかしいまの近代国家の成立は資本主義の発展と深く関係している。封建社会では国家といっても境界も曖昧で小さな諸候が乱立していた。それを近代国家への統一しえたのは資本主義の発達が国家に富をもたらし国を統一する力を与えたためだ。

そして世界を境界で分割する国家群時代をつくった。だから近代国家の成立こそがグローバリズムの始まりといってもいい。世界を分割し、他の国家群との密接な経済(貿易)関係で世界経済圏=国家群グローバリズムが作られた。

グローバリズムに国家が必要とされる大きな理由は、貨幣交換経済はいままでになく富を生み出すわけだが、とても繊細だということ。交換より略奪が楽だ。だから治安がなければ貨幣交換は発達しない。国家群は世界の治安圏を担うわけだ。とはいっても目的は自国の繁栄だから国家間にギリギリの駆け引きがあり、こじれて武力衝突もあるし、また未熟な経済圏への軍事的な侵略もある。




中国は反グローバリズム


現在がこの状況とかわっているか。ここしばらくグローバリズムが強調された理由のひとつは、冷戦後にアメリカの一人勝ちからアメリカ国家が世界治安部隊の役割をになったためだ。「帝国」「フラット化」などと呼ばれて、みんなはアメリカ治安圏を国境なきグローバリズムと錯覚した感がある。あくまで(アメリカ中心の)国家群グローバリズムだったのだが。そしてリーマンショックアメリカの世界への影響力が落ちて、そして中国が台頭してきている。これによって再び、本来の国家群グローバリズムの姿にもどっている。

グーグルの中国撤退は象徴的かもしれない。将来の「世界政府」を自認するグーグルも結局、アメリカの後押しがなければただの一検索屋さんでしかなかったということだ。最近は中国が時代に反してグローバリズムを無視しているように言われるが、中国は十分すぎるほど世界経済に貢献しているわけで、あれが本来の国家群グローバリズムなんだと思う。




国境のない世界へと向かうのか


では、今後、国境のない世界へと向かうのか。様々な問題が国境を越えていることも確かである。たとえば環境問題。国際会議を見ても国家間の思惑によって進む気配がない。明らかに国家群グローバリズムの限界を露呈しているように見える。

まずは国境のない世界でいかに世界秩序を保つか。すでにネット上は国境が世界を実現しつつあるが、ネット上の無法地帯が放置されているは、交換がただ同然の情報のみで生存への影響が少ないためだろう。もしネット上でも財産強奪や殺害が容易になれば、ネット上への国家群による治安維持は強化されるだろう。

では左翼の夢見るように、世界政府が共産制を管理するのか?あるいはいま成功している資本主義様式の延長のまま、国境の消失はありうるか。そのときに治安を一括して請け合う世界政府に集まる権力、軍事力、そして利権は超巨大なものになるだろう。その状態で健全な世界自由競争は保たれるのだろうか。経済を超えた民族、宗教、慣習の違いはいかに調停されるのだろうか。そして「権力は必ず腐敗する」とき、一つの政府では誰がその政府に対抗するか。

考えるほどにいまの国境のある国家群グローバリズムが維持される方が良いように思うのだが。あるとしても、ユーロ圏のように治安が確保されている地域では、限定的な経済規制緩和によって経済を活性化して、他の経済圏との競争を進めるぐらいが良いのではないだろうか。それでも結果(収支)は国民の生活(生存)に直結するために国民国家という単位がなくなることはないと思う。
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