なぜ産業革命は西洋中心主義的なイメージなのか

pikarrr2011-10-16

西欧で産業革命が起こった理由


世界をリードしつづけた中国が近世以降、欧州に追い抜かれる。なぜ産業革命は中国でなく欧州でおこったのかは、いまも謎である。中国がもっとも早くその手前まできていたにもかかわらず。これには、いくつかの理由があげられるだろう。

中国停滞の理由

・モンゴル元の侵略で中国文化が停滞した
・明時代に海外交流が規制され閉塞した

西欧躍進の理由

・モンゴル民族の元の世界帝国により文化的なシャフルが起こった
・西欧は小国乱立で銃など兵器開発が進んだ
・西欧のキリスト教からの合理論文化が実用技術から原理探求の科学思考を導入した
・西欧のキリスト教個人主義文化が、人海戦術から機械化+規律訓練による生産性の向上を進めた
蒸気機関の発明が鉄製造の効率を飛躍的に向上させた
・兵器力の向上が植民地政策を可能にして、先行するイスラム、中国の文化を押さえ込んだ




何を持って産業革命


重要なことは何を持って産業革命というか?ということだ。いってしまえば、産業革命などなかった。あったのは長期に渡る連続的な技術の進歩、ということだろう。革命的なイメージはどこからくるのかといえば、西洋の侵略成功と鉄の普及による風景の変化だろう。

たとえば日本で江戸と明治時代でなにがかわって、なにがかわらないか。明治時代に民主主義、法治国家になり、階級がなくなった。しかし明治維新は下級武士層によるブルジョア革命であった。

根本的に階級や富が解体したわけではない。一番の関心は西洋列国に追い付くこと、特に軍事力の面、すなわち富国強兵である。なるべく早く西洋の技術を導入し、産業を育て、富を増やし、軍事力を増強する。だから最初から資産家は優遇され財閥が生まれる。農民、商人層はいままでの仕事をつづけるだけ、貴族、上級武士は資産があり優遇される。大変なのが下級武士だった。




木材社会から鉄鋼社会へ


近代化のイメージをつくっているのは、木材社会から鉄鋼社会への変化だ。この画期的な違いはアナログ世界と擬似デジタル的世界の違いだろう。今まわりを見回せばすべて規格で包囲されている。

材料は鉄鋼だけではないが、材料を製造する道具や金型が鉄鋼になる。強度があり、磨耗しにくいことで様々な材料を規格に合わせて大量生産される。鉄鋼社会とは、材料が規格化され、それら材料が組立てられて世界が擬似デジタル的に構成されている

木材ではこうはいかない。寺や城など素晴らしい建造物があるが、逆にいえば一つずつ材料をつくるので、規格に関係なくそれぞれ独創的につくることができるといえる。すなわち同じものがないアナログ的世界である。




鉄鋼がつくる近代のイメージ


ボクがいいたいのが、この鉄鋼がつくる風景の視覚的なイメージが近代のイメージをつくりすぎている。このイメージほどに近代の境は明確でないということだ。

確かに鉄鋼による擬似デジタル化は風景だけでなく、それ以上に生産性を向上させた。機械化、さらに蒸気機関には鉄鋼の強度と精度が必要だ。それは近代化の重要な要素ではあるが、機械化、蒸気機関は長い時間をかけて、その効果を浸透させていった。産業革命と言われる前から機械は使われてきたし、またそのときまだ蒸気機関は実力を発揮していない。

しかしいまから歴史を振り返れば、鉄鋼のイメージがとぎれたとき、日本ならば明治維新以前、西欧なら産業革命と言われる時期以前、そこに決定的な断絶を感じる。そしてそこに西洋中心主義的な神話が加わることで、いまの歴史観が生まれている。

さらにいえば民主主義の正当性もまたこの歴史観の上で成立しているだろう。西洋的な民主主義がなければ産業の発展は起こらなかったと。
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