なぜボクは映画「ディア・ドクター」で泣いたのか(ネタバレ)




「彼らは自分のしていることをよく知っているが。それでも、彼らはそれをやっている」


映画「ディア・ドクター」ASIN:B002QV1H8K)が数々の賞をとっている。レンタルでDVDが出たので見てみた。びっくりしたけど最後のシーンで涙が出た。自分でもなぜかわからなかった。

最初はちょっとした出来心だったのだろう。過疎地で医者になりすます男。父が大病院の医者で憧れたが医者になれずに医療メーカーのセールスマンをやっていたのだろう。それを示すのが父から盗んだペンライトを使う場面でわかる。

出来心だったのが、勤務すると、回りの期待が大きかった。過疎地での医療への活動は大きく、期待される。ここに日本の医師不足、僻地医療の問題がある。その期待は単に医療技術だけではなく、閉鎖された地域の精神的な存在として期待される。男はその期待に圧倒されとまどいつつも、医学書を読み勉強し、期待に応えようとする。それでも男は絶えず降りる機会を計っている。回りが医者であり続けることをもとめるのだ。

事故があり緊急医療の場面に追い込まれたとき、彼を救ったのはベテラン看護婦だった。彼女が治療方法をこっそり教えることで男は病人の命を救うことができる。彼女は男が偽物であることに薄々気づいていたのだ。男が医者であり続けることを求めたのだ。

また研修できた新人医師は都会の病院にはない男と村民との繋がりに感動し傾倒する。その想いの強さから男は「オレはニセ医者なんだ」と告白する。彼は疑うことに考えがおよばず、大きな病院の息子である彼は「父こそが偽物だ」という。男の中に真の医師を見ていたのだ。真の医師とは免許なのか、現代の患者と向き合わない医療倫理の問題が浮き彫りにされる。

そして男が逃げたのは偽物がばれそうになったからではない。癌におかされ余命短い老女の命に責任をうまれたとき、まさにそこに引き際を見つけた。彼の逃げ足は速かった。ちょっと用事で近所でかけるようにすべてを投げ出して去った。彼はまさにそのきっかけをまっていたのだろう。




社会問題を超えていく


ここまでならば、現代の医療を浮き彫りにする問題作となるのだろうが、最後の最後にその老女が入院した病院に食事を配達する給仕としてひょっこり現れる。そして食事を渡しながら、にっこり笑う。犯罪者として追われているのに、老女は癌におされて余命が短いというつらい現実があるのに、なんという脳天気さ。この笑顔がすべてを救っているのではないだろうか。このドラマは単に医療問題を投げかける問題作などではない。

この最後のシーンでなぜ涙がこみ上げたのか、ボク自身もわからないが、そこにあるのはそれでも生きていく人間のやさしさ、たくましさなのではないだろうか。真の映画の力とはここにあるのではと思った。

鶴瓶はすごく見事にはまってる。詐欺師でありつつ、破綻した医療制度の犠牲者でありつつ、それを超えたお調子者・・・この味を出せるのは他にいたか。

ドイツの大ベストセラー「シニカル理性批判」(1983)の中で、ペーター・スローターダイクは、イデオロギーは何よりもまずシニカルに機能し、古典的な批判的−イデオロギー的処置を不可能にする、というテーゼを提出している。シニカルな主体は、イデオロギーの仮面と社会的現実との間の距離をちゃんと知っているが、それにもかかわらず仮面に執着する。スローターダイクの言っていることを公式化すればこうなるだろう、「彼らは自分のしていることをよく知っているが。それでも、彼らはそれをやっている」。シニカルな理性はもはや素朴ではなく、啓発された虚偽意識の逆説である。すなわち、主体は誤謬をよく知っている。イデオロギー的普遍性の背後にある特殊な利害をちゃんと見抜いている。にもかかわらず、それを放棄しないのである。

シニシズムは、イデオロギー的普遍性の背後にある特殊な関心や、イデオロギーの仮面と現実との間の距離を、ちゃんと認識しているし、考慮に入れている。にもかかわらず、仮面を脱ぎ捨てるべきではないと判断するのだ。このシニシズムは、不道徳という直截(チョクセツ)な立場とは違う。それはむしろ、不道徳性に奉仕する道徳といったものに近い。シニカルな叡智のモデルとは、正直さや誠実さは不正直さの最高の形態であり、道徳は不品行の最高の形であり、真実は嘘のもっとも効果的な形態である、と見なすことである。それゆえ、このシニシズムは、公式的イデオロギーのいわば倒錯した否定の否定である。非合法的な金儲けや強奪に対するシニシズムの反応は、「合法的に金儲けしたほうがずっと効果的だし、第一、法に守ってもらえる」と答えることだ。ベルトルト・ブレヒト三文オペラで言っているように、「新しい銀行を創立することに比べたら、銀行強盗なんて何ほどのものか。」P47-49


イデオロギーの崇高は対象」 スラヴォイ ジジェク P47-49 (ISBN:4309242332