なぜ日本人文化は死へ近接するのか 

pikarrr2011-08-31

日本人の過剰性


中国、韓国と同じ儒教国であることから多くの似ている部分がある。とはいえ、日本人には過剰性を感じる。中国人にしろ、韓国人にしろ、基本的には合理的である。それに対して日本人には、必要のための行為をするのではなく、行為のために行為をする、というような合理性を越えた過剰性を感じる。

コジェーヴは、豊かな消費社会ではもはや根本的な目的が消失して、人はその場その場の快にそって行為する動物化するといった。しかしそれとは異なる生き方として「(日本人的)スノビズムをあげた。日本では目的がなくても、自らを自らで「否定」し目的を生み出し、自己産出的に文化を洗練させる文化がある。古くは、武士道、茶道など。さらに現代でも目的を越えて文化として洗練させて過剰性は、オタク文化や、ガラパゴス化などにも見られる。




武士よる闘争とは死を賭けたゲーム


コジェーヴがあげたスノビズムの例は、武士の切腹である。自殺を様式化された文化へと高めることは、外国人には理解できないものだろう。なぜ武士は死を文化へと高めたのか。

海外における多くの戦争では暴力は手段の一つでしかない。暴力を行使せずに相手から支配権を奪えれば、それにこしたことはない。このために戦争と言っても、それぞれで様々な方法や、結末がありえる。たとえば中国の孫子の兵法などのような戦術が重要になる。勝った方が負けた方を支配することになるが、だから負けた方が殺されるとは限らない。一つには負けた方は労働力という戦利品であり、報酬にもなる。

しかし日本の武士の争いの場合には、往々にして利益以上の、それぞれの存在を賭けた闘いとなる。その地の支配権をどちらがとろうが労働力としての農民層は変わらない。だから武士同士の争いとは支配権利の争いであり、支配層として生きる武士にとって争いに負けることは存在意義を失うことを意味する。

武士の争いは一族の存在そのもの=死が賭けられる。昨日まで地域の支配者として平和に暮らしている武士一族が戦に負けることで一夜にして消滅することは珍しいことではない。そして死は敵に殺されるよりも、負けたことで存在意義を失い、自ら存在を絶つことが多い。

武士よる闘争とは死を賭けたゲームである。ゲームとは、目的やルールが明確にされて文化となっていることを意味する。武士に生まれるとそのはじめから死ぬ覚悟について学ぶ。死ぬことは武士にとって最重要な文化である。「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」という有名な言葉の意味がここに繋がるだろう。




死へ近接した存在として生きるとは


これほど死へ近接した存在として生きるとはどのようなものだろうか。いつ死ぬかわからない、いつも死を覚悟しておくということは、当然恐ろしいことだ。この死への恐怖を克服するために用いられたのが仏教であり、特に禅宗である。

仏教は貧しさ、死などの現世の苦しみから解放されるために悟りを開くことを一つの目的とする。その中でも禅は、難しい教典などによる教科書的ではなく、より実働的に悟りを開く方法を教える。

その方法はいまの欲にまみれた弱い自分を否定して、ただただ無心に淡々と自らを律した生活経験を繰り返すことで、欲を超越して新たな自分を見いだす。死は死ではなく、死への恐怖が克服される。そして生き生きとした生が生まれる。

たとえば自決は自殺ではない。ただ自らを律した慣習を遂行することだ。そして武士において死は終わりではなく、ゲームの中の一つのカードである。この重要なカードをいかに有効に、美しく切るか。そこに洗練された「死の文化」が生まれる。




日本国民総武士化


このような「死の文化」は、武士時代だけのものと言えない。実際に多くの武士がどこまで武士的であったか疑問がある。むしろ武士道なるものが日本人に広く浸透したのは、明治以降に国民教育に取り入れられ、「日本国民総武士化」が行われたときだ。

そし世界大戦では西洋人と日本人の闘争に対する考え方の違いにみごとに現れた。合理的な西洋人にとって、武力はあくまで戦争に勝つための一つの手段である。それに対して、武士化した日本人にとって、戦争とは日本民族の存在(死)を賭けたゲームであった。負けることは全滅を意味するよう訓練されている。戦争に負けて日本人が絶滅するなら、自らの死を効果的に、美しく使うのは当然のことである。

戦後、日本人はこのような死を賭けるゲームから解放されたのだろうか。西洋的な「罪」とは絶対的な価値基準から個人へ問われるのに対して、「恥」は共同体の関係性から生まれる。一族の恥、家族の恥、日本の恥など。そして恥のやっかいであるのは、罪の償いは客観的な規準があるのに対して、いかに挽回するか標準化されていない。そして、死を最終カードとする文化を持つ日本人は、いまも多くにおいて効果的、美意識として、カードをきってしまうことが多い。




生と死の文化と自己産出的推進力


死へ近接することは、自らへそして他者へ大きな影響を与えることを日本人は武士と禅を通して見いだした。そして一つにはこの「死のカード」をいかに効果的に使うか、という切腹「武士道」などの死の文化へと洗練されていった。

しかしもう一つ、死への近接が逆に「我無し我有り」と主体を際だたせて、また生きる活力を生み出すという「生の文化」も生み出している。むしろ日本人文化がもつ過剰性はここにうまれる。ただこの死の文化と生の文化は表裏一体の関係にあり切り離すことはできないが。

日本人の新しもの好き、外国カブレ、自国批判の自虐性、オタクなど、合理的な目的遂行には還元できない日本人の過剰な自己産出的な推進力には、死への近接から生まれて「生の文化」を元にしている。

ガラパゴス化は、合理的目的により進歩が行われる以上に、過剰に改良が反復されることで、日本独自の様式が生み出される。このような商品は外国では通用せずに日本に閉塞してしまう。しかしこれは自虐的な発言であり、日本を世界に誇る技術立国にした原動力はまさにこの日本人の「生の文化」からくる過剰性である。




「死」の代替としての「萌え」


しかし戦後70年、現代の日本人は当然「死への近接」することがない。このために日本人の自己産出システムを駆動させるために「死」にかわる源泉となる代替の「生き生きしたもの」が求められている。そして死に変わるもの有望なものといえば「性」しかないだろう。

いまもっともそれに成功している例がオタクの「萌え」だ。オタク文化の過剰性、オタクの執拗に回帰しつづける「萌え」の気持ち悪さの理由がここにある。「萌え」は死の代替を担うことを求められている。萌えとは禅的なのだ。「幼児は性的ではない故に性的に萌える」、「AKBは(男女交際が禁止され)性的ではない故に性的に萌える」・・・

ナウシカには「外傷」が存在しない。・・・ナウシカが敵を殺傷するシーンで、何が明らかにされているか。そう、それは彼女の戦闘能力が、すでにスキルとして十分完成しているものになっているということだ。・・・彼女は、決してレイプされることのない存在なのだ。「レイプされることのない存在」、言い換えるとなら、いかなる実体性をも持たない「存在」ということである。・・・おそらくすべてのファリック・ガールは、徹底して空虚な存在なのだ。彼女は、ある日突然、異世界に紛れ込み、何の必然性もなしに戦闘能力を与えられる。・・・「空虚であること」によって欲望やエネルギーを媒介する女性は、力動精神医学者によって「ヒステリー」と呼ばれる。

そのことを端的に証すのは、・・・新世紀エヴァンゲリオンのヒロイン綾波レイである。彼女の空虚さは、おそらく闘う女性すべてに共通する空虚さの象徴ではないか。・・・「無根拠であること」こそが、漫画・アニメという徹底した虚構空間の中では逆説的なリアリティを発生されるのだ。つまり彼女は、きわめて空虚な位置におかれることによって、まさに理想的なファルスの機能を獲得し、物語を作動させることができるのだ。

・・・ファリック・ガールに対しては、われわれはまず彼女の戦闘、すなわち享楽のイメージ(リアリティ)に魅了され、それを描かれたエロスの魅力(セクシュアリティ)と混同することで「萌え」が成立する。


戦闘美少女の精神分析 斎藤環(2000) http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20060615#p1

武士道といふは、死ぬ事と見付けたり。つまり生死二つのうち、いずれをとるかといえば、早く死ぬほうをえらぶということにすぎない。これといってめんどうなことはないのだ。腹を据えて、よけいなことは考えず、邁進するだけである。”事を貫徹しないうちに死ねば犬死にだ”などというのは、せいぜい上方ふうの思い上がった打算的武士道といえる。

とにかく、二者択一を迫ったとき、ぜったいに正しいほうをえらぶということは、たいへんむずかしい。人はだれでも、死ぬよりは生きるほうがよいに決まっている。となれば、多かれすくなかれ、生きるほうに理屈が多くつくことになるのは当然のことだ。生きるほうをえらんだとして、それがもし失敗に終わってなお生きているとすれば、腰抜けとそしられるだけだろう。このへんがむずかしいところだ。

ところが、死をえらんでさえいれば、事を仕損じて死んだとしても、これは犬死、気ちがいだとそしられようと、恥にはならない。これが、つまり武士道の本質なのだ。とにかく、武士道をきわめるためには、朝夕くりかえし死を覚悟することが必要なのである。つねに死を覚悟しているときは、武士道が自分のものとなり、一生誤りなくご奉公し尽くすことができようというものだ。P105-106


葉隠れ」 山本常朝 (ISBN:4101050333