溢れる余剰 その5 2ちゃんねるスタイル

2ちゃんねる」という出会いの場


ネット上で、主体は回覧サイトの選択、パーソナルなHPの作成、記号コミュニティ「メンバー」との直接的なコミュニケーションにより、記号コミュニティ内への差異化運動を加速させ、自己価値を見いだしていく。しかしネットコミュニケーションは、相手の情報が欠落し、フラストレーションを生む。このためにフレーミング(言い合い)の発生は避けられず、パーソナルな掲示板は閉鎖的な傾向を強める。

このような中で、2ちゃんねるは多くのネットユーザーを集めており、その集客力が最大の魅力となっている。2ちゃんねるがそれを可能にした理由は、無名性、すなわち「名無し」を徹底したことにあるのではないだろうか。「名無し」であるということは、閉鎖的な帰属意識を持ちにくく、掲示板というコミュニティ内外という境界を発生しにくい。またフレーミングが発生した場合にも、「名無し」であれば誰であるか特定されず、そのコミュニケーション場での自分の立場を守るという危機感に繋がらない。またお互いに相手が誰か特定できずに、継続しにくい。このようにして2ちゃんねるはネットコミュニティが持つディスコミュニケーション性を乗り越えることによって「出会いの場」をうまく演出したのである。



2ちゃんねるスタイル

2ちゃんねるは、2ちゃんねるでの「名無し」による発言のしやすさは、フレーミングの発生を回避するということではなく、フレーミングが継続されにくいということである。現在においてフレーミングさえも楽しむという「フレーミングのゲーム化」を生み出している。「フレーミングのゲーム化」とは、煽りを含んだレスにより、フレーミングを仕掛け、いい負けないないように、発言を繰り返えす。ここでは発言し続けることが目的化ていく。このために発言は、発言の内容への返信そのものではなく、ズレを生みながら繰り返される。

オマエモナー、ワラ、厨房などの2ちゃんねる的蔑視言葉は、マジではなく、フレーミングゲームであるということを互いに確認しあう記号であり、さらには2ちゃんねるコミュニティに帰属しているということの確認行為である。このためにフレーミングゲームは、発言をたえずマジからネタ的レベルに持ち上げ、「〜といっていみるた」と繰り返される。ネットの匿名性とディスコミュニケーションによりフラストレーションから、ネタ的に過激で暴露的な発言が繰り返される。いまやこのようなフレーミングゲームにおけるネタ的で過激な行為は、2ちゃんねるを代表するようなスタイルであり、様式化されている。