なぜ環境問題は現代最大の神話なのか

pikarrr2007-07-29

なぜ燃料電池車を開発するのか


たとえば燃料電池車が将来普及すると思っている技術者は少ないのではないでしょう。なぜか。とても簡単なことです。めちゃくちゃ高いのです。ガソリン車のシステムは簡単です。基本、ガソリンを燃やすだけです。しかし燃料電池のシステムは複雑で繊細です。いまは1台億単位で、それもどこまで品質的に安定するか不明です。それが数百万円まで下がるのか。難しいでしょう。

ではなぜトヨタなど多額の研究費を投資して開発を進めるのか。一つは普及したときのリスクです。研究投資とはいつもリスク管理なのです。もうひとつは広報です。環境に力を入れているという広報です。

環境問題という世界的な潮流に対していかに優位にはこぶか。これが、現代の企業にとっての重要な問題です。トヨタには、ハイブリッド車という得意分野があります。環境問題によって、国の規制が進めば、古い車、低級の車は市場から排除されます。「将来は燃料電池車だが、それまではハイブリット車が主流だ。だからトヨタの車をみんなで買うのだ。」

ハイブリット車の技術を持たないメーカー、特にトヨタに負けているアメリカは政府の方針として、エタノール車を重視しようとしています。エタノール車には基本的に高い技術がいりません。これもまたトヨタ優位を阻止するための政策です。




「環境にやさいい」という経済戦略


環境問題への対応は、企業には負担となりますが、商品に付加価値を高め、低価格商品を排除し、価格の下落をとめる、または技術投資する力のない小さな企業を排除するなどの優位な展開が考えられます。また企業が環境問題に取り組むのは、このものが売れない時代にPRになり、そして実際に買い換えが進み、ものが売れるからです。

現在、「環境にやさしい」という製品のうちほんとうに環境にやさしい製品は限られているでしょう。たとえば少し前に電気代が大幅に下がる省エネ冷蔵庫が、実際に使ってみると効果がなかったということが問題になりました。なぜか。省エネ効果には嘘ではありませんが、効果が上がる条件でテストした結果です。それは実際に使われる条件をかけ離れています。企業(あるいは業界団体)はPRのための、良い条件を選ぶわけです。

これは、国単位での駆け引きにおいても同じです。京都議定書をめぐる動きのように、各国が自分の経済活動が有利になるような規制をかけようと、駆け引きをしているのです。たとえば中国などが規制されることを渋っているのは、技術の高い外国資本に有利になる可能性が高いからです。




「環境」という現代最大の神話


地球の気温が上がっていることは測定されているので確かです。しかしこの原因が人間の活動によるものというのは証明されていません。なぜなら地球上の二酸化炭素の動きの多くを人はまだ解明できていないのです。しかしその可能性があるから、みんなで減らす努力をしましょう。というリスク管理の問題です。

たとえばボクたちは、西洋中世などのキリスト教世界を知り、神への強い信仰による魔女狩り、地動説などを、ドグマだな〜と笑います。それと同じ事が現代では環境問題の回りで起こっています。なにが問題なのかを知らずに、「環境にやさしい」が超越的に作動することで、多くのドグマが作動しています。

新たに作るよりも、リサイクルするエネルギー消費が多い商品まで「リサイクルは正しい」と信じるドグマ。省エネ効果があやしい太陽電池エコキュートなどのドグマ・・・

さらに最近はそれが資源問題に飛び火しています。専門の調査では、新たな発見で、世界の石油埋蔵量は増えているのに、環境問題とリンクしながら、資源枯渇の漠然として不安がうまれ、それにマネタリストが乗っかり、意味不明にガソリン価格が高騰しています。




環境問題はよりリアリティな幻想になれるか


ボクは、環境問題はうそっぱちだと言っているのではなく、リスク管理の問題であり、意味はあると思います。さらにいえば、環境問題が現代の最大の神話であり、ドグマが巣くう場であることも仕方がない面があります。いつも「大衆」はそのように動くものですから。

むしろ環境問題は、かつての「神」のようによりリアリティある幻想になるべきです。基本的にエネルギー消費を押さえることは、一人一人の小さな努力の積み上げによりしかないからです。

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