なぜいま「経済ナショナリズム」なのか 「国力論」中野剛志

pikarrr2008-06-24


「国力論」


『国力論――経済ナショナリズムの系譜』 中野剛志(ISBN:4753102610)がおもしろい。以下抜粋。

時あたかも、世界的な危機と混乱の様相を呈しつつある。我々は、来るべき時代の激動に備えて、自らの政治経済システムを改革しなければならない・・・支配的なパラダイムであった経済自由主義が失効し、構造改革論の破綻が明らかになった今、・・・我々は、日本の国柄(ナショナリズム)を保守するための改革を実行しなければならないのである。

・経済自由主義マルクス主義、そして「経済ナショナリズム

国家政策の指針となるべき政治経済学は、二代学派である経済自由主義マルクス主義のいずれにおいても、ナショナリズムに対して否定的な姿勢をみせている。・・・政治経済学には、・・・第三の思考様式がある。それは「経済ナショナリズムと呼ばれている。・・・重商主義保護主義国家社会主義、開発毒性、資源ナショナリズムなど・・・国家の経済介入を正当化するものはおおよそ、「経済ナショナリズムというラベルが貼られてきたと言ってよい。

経済は、独立した自律的なメカニズムをもつ一領域ではなく、政治、社会、文化と密接に関連しているものであるから・・・経済発展は、国内の市場の形成、社会秩序の維持、国民の知識や技能の発達、そして将来への不確実性の低減が必要であり、そのためには政府の政治的な力が果たす役割が大きい。

<経済ナショナリズムの特徴>


・ネイションの力(国力)の増進

経済厚生の増大や資源配分の効率それ自体ではなく、経済発展と密接不可分の関係にあるネイションの力にあった。・・・経済はネイションの埋め込まれているのである。経済発展を推進し、その方向性や様態を決定する原動力はネイションの力にある。

国家政策の目的は、個人の経済厚生の向上や資源配分の効率性ではなく、ネイションの力の形成、維持あるいは増進にある。経済政策のターゲットは、国富そのものではなく、国富を産み出す源泉である国力に向けられている。


・経済自由主義の支持

経済ナショナリストは、自由貿易政策をはじめとする経済自由主義的な政策を支持しうる。逆に言えば、経済自由主義は、自由貿易国益に資すると考えているという意味において、一種の経済ナショナリズムであるとすら言える。しかし問題は、経済自由主義の理論が、そのことをまったく無視していることなのである。方法論的個人主義を採用する経済自由主義の理論は、経済におけるナショナリズムの役割や国民国家について、依然として、まったく説明することができないのである。


・実践、経験、歴史の重視

抽象的な机上の空論を徹底的にしりぞけ、日常生活に蓄積された実践や経験そして歴史の叡智を何よりも尊重した。・・・主流派経済学は、経済現象の複雑な本質を理解しようとする代わりに、人間を「経済人」へと単純化し、その非現実的な前提の上に抽象理論を組み立てていく。これに対して・・・人間や社会の複雑な現実を単純化することなく、あるがままを観察し、その中にある普遍性をつかみ取ろうとする。・・・経済ナショナリズムの理論とは、解釈学的政治経済学と呼ぶべきものなのである。



「資本−国家−ネイション」


「経済ナショナリズムの利点は資本とネイションの密接な関係を現実的に受け入れる点にある。ネイションと切り放され語られる資本(ネオリベラリズムなど)も、また資本と切り離されて語られるナショナリズム民族主義など)も思弁的すぎる。

柄谷が言ったように、近代において「資本−国家−ネイション」は協約的な関係にある。ネイションは国が富むことで存在しえる。資本を優位にすすめるためにうまれたのだ。国家中心の帝国主義も、資本中心のグローバリズムも、ネイション中心の民族主義も、資本−国家−ネイションそれぞれが補完し合う関係としてある。

その意味でいくと、資本とネイションの密接な関係を語る「経済ナショナリズムは、また国家との関係を切り放すことはできない。すなわち国家主義保護主義と差異を見出すのがむずかしくなるだろう。そこにどうしても「きな臭さ」が漂う。特に世界大戦後の世界では一つのタブーでさえある。

中野 いま主流と言われている新自由主義ネオリベ)」についてですが、これは「経済ナショナリズムと対立するように一般的に語られています。・・・アメリカは「グローバライゼーション」を推進しました。でもそれは《アメリカにとっての「経済ナショナリズム》なのです。

ですから「経済ナショナリズムが悪いということではなくて、「国民のためにやったら、国民のためにならなかったこと」が過去にあったというのが問題なのです。「良い経済ナショナリズム「悪い経済ナショナリズムがあると言えるでしょう。

萱野 う〜ん。「良いナショナリズム「悪いナショナリズムと言うけど、ナショナリズムって両義的じゃないですか。・・・だからナショナリズムは両義的というか、弁証法的なんじゃないかな。

中野 はい、そのとおりですね。民主主義について考えましょう。フランス革命でもそうですが、民主主義とナショナリズムとはセットで生まれます。フランス革命が生んだのは「ナポレオン」ですから。ここで注目すべきは《パワー》です。今回の本のタイトルを『国力論』としましたが、「国民が自発的に動くと、外に対して物凄いパワーを持つ」のです。過去の例を見ても民主主義というのは絶対的に強い。ただ問題なのは民主主義は全体主義を生みやすいということです


中野剛志×萱野稔人トークセッション - 阪根Jr.タイガース  http://d.hatena.ne.jp/masayukisakane/20080615/p1




「国力論」という実践的「政治ゲーム」


ITから資源へ、あるいは日本の格差社会の問題、あるいは資源のマネーゲーム化など、自由主義から保守主義へ風向きが変わっている。結局、ネオリベラルは強者の論理なのだろう。特に経済力が落ちている日本はディフェンス態勢で「国力」を回復する時期に来ているのではないだろうか。それは今後も世界的なネオリベラルの流れは避けられないだろうから。

もはや資本主義の一人勝ちで、グローバリズムが進む中で、政治にとって「思想」は重要だろうか。自民党民主党、どの政党を支持するかに意味があるだろうか。ボクたちが関心あるのは、その場その場の政治的実践に関心がある。

「国力論」は、中野が現役の経済産業省の官僚であることからも、イデオロギーというよりも現状のネオリベラリズムに対する「政治ゲーム」としての実践的な方法論として考える方がよいのだろう。
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