なぜ戦争は廃れたのか イチローとネットとナショナリズム

pikarrr2009-03-25

伝説が生まれた瞬間


WBCすごかったですね。仕事抜けだして電気店で人山に混じって見てました。優勝の時は拍手喝采、その場が一体化していました。イチローの最後の打席は神がかっていました。追い込まれたカウントの中、イチローらしいバットさばきでファールの山。そして美しいセンター前ヒット!まさにイチローの技による芸術表現のようでした。あの瞬間はみんな鳥肌がたったでしょう。

ここにいたるはじめからイチローナショナリズムを喚起するような発言が話題になっていました。そしてほんとうに最後の最後に自ら、ナショナリズムな快感を生み出した。こういうのが伝説(神話)が生まれる瞬間なのでしょう。


WBC優勝にわくネット 2chサーバも落ちる http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090324-00000051-zdn_n-sci


第2回ワールド・ベースボール・クラシックWBC)決勝戦で日本が韓国を破り、連覇を成し遂げた快挙にネットもわいている。“世界最強”を誇る2ちゃんねる2ch)の一部サーバも陥落した。

2chの実況板や芸スポ板など、スポーツファンが集まる掲示板は試合中から接続しにくい状況が続き、それぞれ日本が韓国に同点を許した9回裏ごろには接続できない状態になった。




戦争から消尽的消費へ


経済が中心の社会になると、戦争は割が合わないものとなる。アメリカのイラク進出のように、治安部隊という第三者の位置に立てればまだ良いが、自国が戦場になると経済は破壊される。そして戦争の外の第三国を儲けさせることになり、戦争に勝っても負けても、経済的には解体される。

それとともに戦争に近代科学技術が導入されることで人が兵器に取り込まれ、そして人の命は一部品として倫理的な価値が消失していく。それによって戦争が持っていた闘争心や熱狂は解体され、残るのはただ殺害現場だけである。

人々は社会に埋め込まれるなかで熱狂(解放)を求めるが、経済が中心の社会では、戦争にかわって消尽的な消費によって「発散」する。これは「豊かさ」と呼ばれ終わりない消費を生む。そして経済中心社会はこの底なしの消費欲という動力によって継続可能になる。

そして人々は消費による「豊かさ」という個人的な快感に埋没することで、戦争への興味を失っていく。そしてまたかつての戦争とともに重要な発散行為であった集団的な「祭り」への参加意欲も薄れていく。




ネットは熱狂を消費から奪い返すのか


家庭用ゲーム人口が激減しているらしいが、逆にゲーム人口は急増しているのではないでしょうか。ポケモン、モンハンの比ではない大ヒットゲームは、2ちゃんねるニコニコ動画ミクシィーなどネットコミュニケーション・ゲームです。

ネットは熱狂を消費から奪い返すのだろうか。ネット上の右曲がりからもそのような傾向みえる。さらにそれだけではなく、ネット・ゲームは人々を、経済活動を離れた無償の労働に向かわせている。熱狂が消費・労働へ向かわず、ネットの熱狂として「消費」されれば、経済の動力は低下し、経済成長は伸び悩むざるおえないのかしれない。

家庭用ゲーム人口600万人減、非利用者の4割「他に欲しい物ある」
http://sankei.jp.msn.com/entertainments/game/090324/gam0903241459000-n1.htm


社団法人コンピュータエンターテインメント協会CESA)は23日、国内消費者のゲーム利用動向などに関する調査報告書「2009CESA一般生活者調査報告書〜日本ゲームユーザー&非ユーザー調査〜」を発刊した。

それによれば、現在も継続的に家庭用ゲームに接していると回答した「家庭用ゲーム現参加者」は、およそ3人に1人の29.4%。これを全人口へ拡大推計すると3107万人に上り、2007年の3739万人(30.3%)から600万人程度減少した。

一方、「家庭用ゲーム非参加者」768人に「家庭用ゲームをしない・しなくなった理由」を複数回答で質問したところ、「ゲームに対して興味・関心がない」(45.4%)と「他にやりたいことや欲しい物がある」(45.2%)が半数近くに上った。

生産性の低下は七〇年代の前半、ちょうど第二次世界大戦から一世代後にあたる時期から始まった。戦後の良き時代だった一世代で終わってしまったということには何か重要な意味があるのだろうか。

その理由は簡単に考えつく。何と言っても、六〇年代終わりから七〇年代初頭にかけてはベビーブーム世代が労働市場に大挙して入ってきた時代であった。つまり、新規労働者が大量に雇用されたために、資本労働比率の成長が低下してしまったのである。しかし、ベビーブーム世代は人口が多いだけではなく、豊かな社会に育った最初の世代であり、・・・そして何より、テレビを見て育った世代なのである。

資本主義と労働そのものが軽んじられ、社会を支えていた善意と偽善の絶妙の組み合わせが崩れ去ってしまったようなこの一〇年間に、生産性はなんらかの影響を受けているはずである。・・・一連の社会問題、すなわち中産階級の子弟の経済的向上に対する熱意の喪失、教育水準の低下、下層階層の拡大といったことは、生産性の低下の大きな一因であると考えられる。P102-104


「経済政策を売り歩く人々」 ポール・クルーグマン (ISBN:4480092072) 1994