日本人のハイコンテクスト社会 (2010) 1/2

 1 文化のリズム
 2 日本人の民主主義と資本主義
 3 日本人の「和」と「他者回避」
 4 ハイコンテクスト社会の甘えと礼儀
 5 超ハイウェイ社会

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1 文化のリズム

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文化は振動によって伝達されていく

NHKの実験バラエティ番組「すイエんサー」(http://www.nhk.or.jp/suiensaa/)の中で面白い実験をやっていた。仕切りの前で被験者に足踏みをさせる。そして仕切りをとると、もう一人の被験者が足踏みをしている。始めは当然、二人の足踏みはバラバラであるが、しばらくすると自然とあってきてしまう。意図的にずらすように指示するがうまくできない。この実験は、人は相手を見ることで基本的な動作のレベルで同調してしまう特性があるということを示している。
ボクたちが日々他者に囲まれて生活しているということは、しらずしらずに同期しているということだ。たとえばこのような同期を波のようなものと考えると、視線を通して波の振動は絶えず人の間を伝達されてつづけているということになる。
また人が生活しやすいように生活環境をつくることは、波を円滑に起こすような場の形成を意味する。すなわち波は生活環境に共鳴し、その場にいる人は環境によって波が伝達されやすい状態に置かれる。このようにして生活場は一つの振動圏が形成されているということだろう。
 このような同期を軍隊のような規律統制と考える必要はなくて、波は波を交差することで新たな波を生み出していく。たとえば1/fゆらぎとか、フロー体験とか、同期の中のある離脱が心地よさ、楽しさを生み出すといわれている。同期とはこのような遊びも含んだ上での同期だろう。
たとえば会話するということはまさにこのような同調が行われているのだろう。面と向かって話すことでなにか解り合えるようなことだけではなく、そこでは呼吸から言い回しから同期が起こっている。このようなコミュニケーションの振動場の中で、ローカルな文化は生まれ、伝達されていく。

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言語という人間のリズム

たとえば宗教の基本は反復である。意味のわからないお経を、繰り返し、祈りの動作を繰り返す。これってすごく「言語ゲーム」だ。宗教の教え=規則を理解すること以上に訓練し習慣化させることによって、これによって「言語ゲーム」に深く引き込まれていく。
教えを理解することが重要ではなく習慣の先に「悟り」がある。これに対して哲学はたえずみずからをみずからの言語ゲームのメタ位置にたとうとする運動といえる。しかしウィトゲンシュタイン的にいえばほんとにメタ位置は存在するのか、ということだ。なんらかの言語ゲームに帰属しないとコミュニケーションそのものが不可能であり、習慣として深く刻まれている。
お経や呪文の重要なところは「リズム」である。それはある種の音楽。音楽は運動性であり、言語理解と異なる経路で体にしみ込み、刻まれる。反復することで訓練される。たとえば軍隊の訓練でもリズムが重視される。

言語(記号)論は、意味論、統辞論、語用論に分類される。統辞論はシニフィアンのパターン、意味論はシニフィアンシニフィエの関係のパターン、語用論はコンテクストとの関係のパターンが研究される。
あるいは論理学と修辞学の分類がある。論理学は形式的な言語論理のパターン、修辞学はレトリックのパターンである。これらの中で、語用論と修辞学はもっとも、パターンを超えた創造の領域を扱う領域である。
後期ウィトゲンシュタインの日常言語の研究は語用論、修辞学に近いが、日常会話というさらに生で多様な柔軟な領域について考える。多様な日常会話の成立はいかに基礎づけられているのかということだ。語用論のようなコンテクスト分析だけ不十分なのである。
だから言語論研究を逆にさかのぼる必要がある。言語の誕生は、日常会話という本来持つ多様さを縮減しより限定した言語法則(論理学)へ向かう。

 日常会話・・・行為(リズム)
 ↓
 修辞学、語用論・・・コンテクスト
 ↓
 意味論・・・意味
 ↓
 論理学、統辞論・・・形式

通常の会話を分析するにはコンテクストでは不十分であることをウィトゲンシュタインは示した。ウィトは日常会話と成立させているものを訓練による習慣であると考えた。すなわち「リズム」である。再度言えば、リズムという例え(メタファー)でいいたいことは、規則性があるが言語のように理解することができず、体でおぼえるしかない、そして人々に共鳴していくということだ。
人は無限の可能性のもとに生活しているように錯覚しているが、人は身についた限りあるリズムにそって行為している。このリズムは経験の反復(習慣)の中で身につけていく。そしてウィトゲンシュタインが「私的言語は存在しない」といったように、社会環境の中で他の人のリズムと共鳴して身につけていく、一つの文化である。
だから原理的には無限の意味が発生する日常会話は、限られたリズムの共鳴として収束し、言語ゲームとして成立している。語用論でいうコンテクストという「場の空気」のような曖昧なものはリズムによって基礎づけられて成立している。

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日本語はハイコンテクストな言語

英語など欧米言語と比較して日本語の特徴は主語が省略されることだ。言語学的にこの特徴は「場の共有」によると言われる。同じ場を共有していることが当然の前提とされているために主語を付ける必要がない。すなわち日本語は「ハイコンテクスト」な言語と言うわけだ。たとえば主語を付ける場合にも、"I"に対して、私、オレ、ボクなど、場によって使い分けがなされるのも、コンテクスト依存が高い傾向だろう。
さらに日本人のハイコンテクストを究極的に表すのが俳句だろう。俳句が伝えるのは当然、コンスタティブな意味ではなくレトリカルな意味である。単に言語学的なレトリックに収まりきれない世界観の伝達である。五七五の文字でなぜに世界観まで伝達しえるのか。いかに高いコンテクストの共有が前提とされているかわかる。だから逆に日本人からすると、いちいち主語をつける西洋人の方が不思議である。コンテクストに関係なく誰に対しても"I"と主張する。彼らは空気を読まないのだろうか。
しかしこのような個人主義的な「場」からの切断力された自己主張がなければ、いまのような西洋からの科学技術も資本主義も民主主義もなかったのだろう。そして現代の日本語は明治以降の近代化で大きく変わった。西洋文化輸入と共に西洋語の翻訳的な言葉として「国語」が生まれた。このような西洋の個人主義の導入によって日本人のハイコンテクストが解体されたというよりも国民(ナショナリティ)を想起することで、特に日本においては集団主義によってハイコンテクストが再生産された面が強いだろう。それが特に資本主義経済の生産性向上にも大きく貢献したのではないだろうか。

日本語の多くの文で主語としての「私」が要らないのは、「私」を音にする必要がないから、ということがここまででわかった。・・・月が出ている夜空を見ている二人がいて、そのうちの一人が言うとすれば「月が見える」である。「私は月が見える」は不自然である。これは、夜空を見ているという状況を二人が共有しているので、わざわざ「私は月が見える」と言わないのである。
日本語では、共同注視という認知状態から発話という言語状態に連続的に移れるので、わざわざ「私」という必要がないと言える。これに対して、英語では、共同注視という認知状態から、発話という言語状態に連続的に移れないので、わざわざ"I"と言わなければならないのである。
日本人は、認知的主体と言語的主体の連続性が大きく、認知的な部分と言語的な部分がなめらかに統合されている。これを言い換えれば、日本人の心は状況や環境に埋め込まれて度合いが大きいので、言葉で補う度合いが少なくてすむ、とも言える。
これに対して、イギリス人は認知的主体と言語的主体の連続性が小さく、認知的な部分と言語的な部分があまりなめらかに統合されていない。言い換えれば、イギリス人の心は状況や環境に埋め込まれている度合いが小さいので、言葉で補う度合いが大きくなるともいえる。P201-204
「日本人の脳に主語はいらない」 月本洋 (ISBN:4062584107

日本語には非常に多くの一人称がある。私、わたくし、あたし、あたい、自分、僕、おれ、われ、わし、吾輩、拙者・・・・・。自分のことをどんな言葉で言うかは、その人の社会的立場や、その発話をする状況したいである。・・・日本語の「私」という言葉も、すでに社会的な色彩を帯びた言葉になっているのだろう。
「日本語の世界での自分という人は、相手という存在が作ってくれるひとつひとつの関係のなかでの、自分と相手とのあいだにある上下の位置関係を細かく計って確認し、そのような関係のなかでの話が交わされることをも確認した上で、その範囲内でのみ相手と話を交わしていく。(片岡)」
日本語の人称の多さは、認知主体と言語的主体が連続していることからも説明できる。・・・言語的主体が認知的主体の状況をひきずりながら表現されているである。P204-207
「日本人の脳に主語はいらない」 月本洋 (ISBN:4062584107

日本語の擬態語には「ヌルヌル」「ベタベタ」「グズグズ」といった反復表現が多用されているが、こうした傾向は東南アジア緒語には普通に見られる。これらに共通するのは、シニフィアン(記号表現)とシニフィエ(記号内容)との間に何らかの自然的な結びつきが見いだせる点である。・・・擬態語については、印欧語の場合、そもそも数が極めて少ない。
日本語を含む東南アジア諸語とアフリカのスワヒリ語などにおける擬態語の豊富さは、分析的で抽象的な語彙によって現実世界に対する象徴的世界の自立を成し遂げた印欧語圏とは異なって、現実世界を引きずったまま、その内部に象徴的世界を埋め込む性向を示すものである。それだけ、言語自体にその身体的基礎の名残が付着しているといえる。
このオノマトペ(擬音語、擬態語)の具象性、体験性、感覚性といった特質は、一言で言うならば反抽象、反分析の傾向であり、現実をそのままに具体的かつ臨場的に体験したままに表現しようとする性向である。日本語の言説は、経験的現実から完全に自立することなく、現実のコンテクストに半ば埋め込まれているのである。オノマトペの多用といった点からするなら、日本語とは、現実世界=生活の現場(「場所」)に「参加」し、「内属」した立場と「視点」によって、そこで体験的に感受し、感得した事態をなるべく抽象することなく、具体的に、出来事の経過するがままに、連続的に、「生き生きと」描写するよう「動機付け」られた言語であるということができる。P19-22
「日本のコード―〈日本的〉なるものとは何か」 小林修一 (ISBN:462207446X

<俗語革命>から十八世紀、遅いところでは十九世紀、二十世紀初頭にかけてヨーロッパが辿った道のりは、さまざまな「出版語」が、<国民国家>の言葉として次第に固定されていった道のりである。
さまざまな「出版語」が<国民国家>の言葉として固定されていくうちに、人間には、同じ言葉を共有する人たちとは同じ共同体に属する、という思いが生まれてくる。同じ「想像の共同体」に属するという思いが生まれてくる。すると、ナショナリズムが芽生えてくる。じきにそのナショナリズムは、隣国との戦争を重ねるうちに形成されつつあった<国民国家>によって、自覚的に利用されるものとなる。
このナショナリズムを育むのに大きく貢献したのが、新聞などの出版物であり、さらには、ほかならぬ<国民文学>である。<国民文学>は、<国民国家>という均質な空間に同時に生きる「国民」というものを想像させ、その「国民」に対して同胞愛をもつのを可能にする。そして、そのような<国民文学>をそもそも可能にしたのが、<国語>である。<国語>は、「出版語」が<国民国家>の言葉に転じたときに生まれたものだが、一度生まれてしまえば、「国民」がもつ国民性の本質的な表れだとされるようになる。P112-113
日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で」 水村美苗 (ISBN:4480814965

日本は、非西洋にありながら、西洋で<国民文学>が盛んだった時代にたいして遅れずして<国民文学>が盛んになったという、極めてまれな国であった。
なぜもかくもはやばやと日本に<国民文学>が存在しえたのか。それは明治維新以降、日本語がはやばやと、名実ともに<国語>として成立しえたからにほかならない。それでは、そもそもなぜ日本語がはやばやと、名実ともに<国語>として成立しえたであろうか。
一つは日本の<書き言葉>が、漢文圏のなかの<現地語>でしかなかったにもかかわらず、日本人の文字生活のなかで、高い位置をしめ、成熟していたこと。もう一つは、明治維新以前の日本に、ベネディクト・アンダーソンがいう「印刷資本主義」がすでに存在し、その成熟していた日本の<書き言葉>が広く流通していたということ。P156-158
日本語が亡びるとき―英語の世紀の中で」 水村美苗 (ISBN:4480814965

日本人が、日本語を他の外国語と本格的に比較するようになったのは、明治維新以降である。・・・西欧列強に追いつくための手段の一つが、日本語の英語化であった。学校教育や翻訳を通して、上から権力や権威を使って組織的に、日本語を改変してきた。
明治維新から百四十年あまり経った現在の日本語は、江戸末期の日本語とはずいぶん変わったものになってしまった。たとえば「私は日本人である」という文は、現在ではまったく普通の文である。しかし、この「〜は・・・である」という文は、明治時代に登場した表現であり、目新しくてハイカラな響きがしたようである。・・・また句点(。)も明治に作られた。
明治維新のころを現在の日本人を比べれば、明治の日本人のほうが、より多くの場所の論理を用いた表現や思考をしていたのではないかと思う。学校の義務教育で模倣されることや翻訳文が数多流通することで、われわれの日本語は百四十年間を経て大きく変わってしまった。「主語」に対しても違和感がないし、私、彼、彼女等の人称代名詞も、それなりに日本かして定着きている。P233-235
「日本人の脳に主語はいらない」 月本洋 (ISBN:4062584107

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2 日本人の民主主義と資本主義

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日本人と理性

現代では理性は古臭い概念だと考えられている。たとえば思想史で語れば、十七世紀に現代哲学の始まりとされるデカルトは論理的に理性を担保しようと考えた。その後、十八世紀の啓蒙主義での理性の担保は、ヒュームの懐疑からカントの理性批判を経て、十九世紀には理性への到達は断念される。
しかし真理への探究は、デカルト的演繹から科学的帰納へ移った。隠された世界の法則は繰り返される実験により発見される。現代でも真理探求として、心理学、社会学など人間科学技術への熱狂は増すばかりである。もはや主体の理性をあきらめて人類という全体の理性を求める。
たとえばニュートンが天体の動きを数学の完結性で説明した衝撃はいかほどだっただろう。あるいは人口統計から正規分布の美しい法則性が見いだされた衝撃はどうか。オッカムの剃刀はまさに人々に理性を信仰させる強烈な魔力である。たとえば最近では脳科学還元主義がある。男と女の違い、様々に人の振る舞いなど、様々なことが人の脳の機能に還元されて美しく語られる。これも変わらない理性を求める情熱であり、理性は真実へたどり着く意志である。
確かに近代前にも理性は求められた。しかしそれは学問をめざすものなど一部で、土着に生活する多くの人は確かなものなど求めなかっただろう。なぜ近代以降に過剰に理性が求められるのか、始まりのデカルトにすでに解があるだろう。デカルトはまだ人々がまだ農民で土地に根付いた時代に旅人であった。さまざまな文化に触れて確かなものとはなにかと考えるようになる。しかしこれを単に好奇心だけではなく、現代人につながる疎外からくる恐怖がある。
十八世紀末の産業革命前から西洋はすでに商業を中心とした前資本主義時代であり、商品の流通の活発化、都市化とともに社会の流動性が向上しはじめていた。土着的社会は、「貨幣の前の平等性」が下から、巨大化する資本力が国家として上から解体し、流動性の資本主義へと再構築されていく。
そして社会の流動性が上がることで旅人(ストレンジャー)としての疎外感が生まれる。その浮遊感を支えまた目指すべき定点として理性は求められた。
十九世紀には日本を襲った津波はこのようなものだった。日本は江戸時代の安定期にすでに都市化が進み、商業が発達していた。しかし鎖国の中で培養された日本人はあくまでも土着に充足する人びとだった。だから開国をするということは西洋に対抗する経済力を身につけるだけではなく、対抗する理性を見出すことでもあった。急速な富国強兵のために日本が選んだのは江戸時代からの階級体制を活用し労働力を生み出す方法である。

わたしは教師たちへの従属から解放されるとすぐに、文字による学問[人文学]をまったく放棄してしまった。そしてこれからは、わたし自身のうちに、あるいは世界という大きな書物のうちに見つかるかもしれない学問だけを探究しようと決心し、青春の残りをつかって次のことをした。旅をし、あちこちの宮廷や軍隊を見、気質や身分の異なるさまざまな人たちと交わり、さまざまの経験を積み、運命の巡り合わせる機会をとらえて自分に試練を課し、いたるところで目の前に現れる事柄について反省を加え、そこから何らかの利点を引き出すことだ。
つまり、われわれにはきわめて突飛でこっけいに見えても、それでもほかの国々のおおぜいの人に共通に受け入れられ是認されている多くのことがあるのを見て、ただ前例と習慣だけで納得してきたことを、あまり堅く信じてはいけないと学んだことだ。こうしてわたしは、われわれの自然[生まれながら]の光をさえぎり、理にしたがう力を弱めるおそれがある、たくさんの誤りからだんだんに解放されたのである。P17-18
方法序説」 デカルト (ISBN:4003361318

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日本人の慣習とリベラリズム

NHK教育で「ハーバード白熱教室」 Lecture1 犠牲になる命を選べるか  
http://d.hatena.ne.jp/happysmiletalk/20100408/p1
あなたは時速100kmのスピードで走っている車を運転しているが、ブレーキが壊れていることに気付きました。前方には5人の人がいて、このまま直進すれば間違いなく5人とも亡くなります。横道にそれれば1人の労働者を巻き添えにするだけですむ。あなたならどうしますか?
そこからさらにサンデル教授は別のケースを提示します。では路面電車の別のケースを考えてみよう。こっちのケースでも『5人を助けられるなら1人が死んでも仕方がない』という原理をみんなが支持し続けるかどうか、見てみよう。
今度はキミは路面電車の運転手ではなく、傍観者だ。電車の線路のかかる橋にいて見下ろしていると電車の来るのが見えた。線路の先には5人の労働者がいる。ブレーキは効かない。このままだと電車は猛スピードで5人に突っ込み、5人は死ぬ。今回はキミは運転手ではない。
『なんにもできない』と諦めかけたとき、自分の隣に橋から身を乗り出しているものすごく太った一人の男がいることに気づく。もしキミがこの太った男を突き落とせば、彼は橋から走ってくる電車の前に落ちる。彼は死ぬが5人を助けることができる。さて、『彼を橋から突き落とす』という人は?

この問題は面白いが結果論でしかない。5人殺すか1人殺すかという問い自体が存在しない。死ぬ人数は事後的にしかわからない。だから誰も殺さないために1人側に向かう。また死ぬかどうかなんかまだわからないのに見学者を犠牲にするがわけない。
これを客観主義の誤謬という。これは限界問題を生み出すトリックであるが、このように限界で考えることが哲学である。実際は別に無理に限界で考えなくても問題もないわけだし、なかなか実際に限界的な状況は存在しない。しかし近代社会は流動化が向上し、せき立てられて限界に近い状況に追い込まれることが増えているともいえる。
日本人はハイコンテクストな「ハイウェイ社会」を生きている。みなが単一の価値を共有し、その価値で円滑に進行できるように社会環境が整備されている。だから日本に住む限りハイウェイのように鼻歌まじりに生活できる。海外では生活圏を抜けるととたんに多様な見知らぬ価値に出くわし、限界状況につまずいてしまう、いわば凸凹道である。だから回りに気を配り、鼻歌まじりに生活するわけにはいかない。
日本人が凸凹道に躓くのは思春期だろう。それは若者が大人の引いたレールを走りたくない!ということもあるが、最近では甘やかされて育った若者がうまくハイウェイに乗れずに、限界状況に突き当たる。いじめとか、引きこもりなども円滑にハイウェイに乗れない限界状況の一例だろう。限界状況は海外では多民族間に、日本では若者に現れやすい。日本では哲学が社会思想として必要とされず、思春期の悩みとして消費されるのはこのためだ。
「ワクチンの優先順位で誰を先にすべきか」も政治思想的には限界状況として現れる。もし功利主義なら子供となり、老人が一番後になるのだろうか。実際にそんなの聞いたことがない。普通は子供が先で、次に老人で、最後が健全な成人だろう。これは弱いものを助ける慣習と考えた方がいい。慣習には限界状況はない。そうだからそうなのであって、ようするにハイウェイだ。
しかしワクチンの優先順位で、ある共同体の慣習が弱い者から助けることを善として、もう一つの共同体が強い者から助けることを善とする場合に、これらが混ざった共同体群ではどうするのか。このハイウェイとハイウェイが交差するとき、限界状況が生まれる。すなわち「ハイウェイ」というメタファーの意味は、その共同体の「いわずもがな」の慣習であり、疑いえない善である。

認知言語学の指導者の一人G・レイコフは、論理学的な「論証」という思想に、「客観主義」の形而上学が含まれていることを明らかにしました。ここにいう「客観主義」の形而上学とは、次のような見方のことです。すなわち、あらゆる現実は人間の理解の働きから独立した「もの」からなっていて、「もの」はいついかなる時点においても同一であり続ける属性および関係を有する、とする世界観です。
客観主意は、人間がどのようにしてものごとを知ることができるのか、人間の正しい論理的思考とは何か、真理とは何であり意味とは何であるか、といった哲学の基礎的な問題に対して、首尾一貫した解答をもたらそうとする企てでもあります。
P23-24
「新修辞学」 菅野盾樹 (ISBN:4906388965

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日本人の民主主義

人は生まれながらの特性も違うし、育つ環境も違うし、習慣において平等というのはありえない。歴史上平等な文明はなかった。それが、資本主義が全面化したときに大きな変化が起きる。貨幣交換が浸透すると貨幣の前に平等が生まれる。貨幣交換では相手が誰だろうが貨幣を持っていることで商品交換が成立するという「貨幣の前の平等」がうまれる。これは今で言えば自由主義思想だ。機会均等の元、自由に経済活動を行うことが平等である。
しかし資本主義が浸透する過程でどうもそううまくいかないことがわかってくる。たとえばマルクスが注目したのが貨幣交換ではなく資本である。貨幣が資本という形態を取る場合には「貨幣の前の平等」とは異なる挙動をする。資本は貨幣の等価交換機能を超えて、貨幣を生み出す。そして資本家は生み出された貨幣を独占する。だから平等はもっと能動的に目指すべきものである。「貨幣の前の平等」を超えて平等を様々に拡張する「民主主義の平等」が考えられる。すべてを平等に社会設計する社会主義思想が生まれた。
現代では「民主主義の平等」の極限を目指す左翼思想は廃れたが、右派、左派は基本的にこの流れに準じている。中道右派(保守派)は、「貨幣の前の平等」を重視し、自由主義市場経済が浸透することで平等な社会が達成されていくと考え。それに対して、中道左派(リベラル)はそれだけでは不十分で富の不平等がおこるから積極的に富の再配分制度を導入すると考える。
日本では、「貨幣の前の平等」は市場経済が浸透することで習慣化されて社会に根付いた。護送船団型として不平等(搾取)はおこっているでしょうが、社会全体が豊かになることで許容されてきた。それに対して貨幣の前の平等を超えた「民主主義的な平等」がどこまで根付いたかは怪しい。まず言語思考し、理論化して、法整備して制度を作り、さらに教育して、実戦として習慣として社会へ浸透させなければならない。特に言語思考から理論化する習慣に乏しい日本人の苦手な領域だ。過剰な平等は、独自の習慣によって社会秩序を維持することに長けた日本人には、杓子定規に感じる。
では現在日本でおこっている長期自民党保守政権から民主党政権への左(リベラル)旋回はいかなる意味を持っているか。遅ればせながらとうとう日本にも市民(プロレタリア)革命が起きようとしているのか。事業仕分けのパフォーマンスに一喜一憂し、首がすげ変えたことを喜ぶ。そこには民主主義の権利と責任のような理念とは別世界だ。
「貨幣の前の平等」はまた人を無名にすることで、孤独な社会を作る。護送船団型会社社会は個人を地域コミュニティから孤立させ、会社コミュニティへの強い帰属を生み出しました。しかし護送船団型会社社会が解体しつつあるいま、もどる地域コミュニティもなく、孤立した人々はもはや直接、政府に頼るしかない。「貨幣の前の平等」による自由気ままを経験している人々の目当ては政府の財布だ。「貨幣の前の平等」の習慣を自由に生きたいが先立つものがない。だから富の分配に群がる。日本人が民主主義なる理念を習慣化する日が来るのか。そもそも必要なのか。サンデル先生に相談しましょうか。

仏教が日本に迎えられた最初の時代には、それはどういうふうに理解され信仰せられたのであるか。・・・当時の日本人の大多数が原始仏教の根本動機に心からな共鳴を感じ得なかったことは、言うまでもなく明かなことである。現世を止揚して解脱を得ようという要求を持つには、「古事記」の物語の作者である日本人はあまりに無邪気であり朗らかであった。
・・・彼らは仏教を本来の仏教としては理解し得なかった。彼らは単に現世の幸福を祈ったに過ぎなかった。それにもかかわらず彼らの側においては、この新来の宗教によって新しい心的興奮が経験され、新しい力新しい生活内容が与えられたのである。しかもそれは、彼らが仏教を理解し得たと否にかかわらず、とにかく仏教によって与えられたのである。従って彼らは、仏教をその固有の意味において理解し得ないとともに、また彼らの独特の意味において理解することができた。P45-46
かくして受容せられた仏教が、現世利益のための願いを主としたことは、自然でありまた必然であった。彼らは現世を否定して彼岸の世界を恋うる心を持たなかった。・・・がこれを、ある人がいうように、「功利的」と呼ぶのは正当ではないであろう。彼らの信仰の動機は、物質的福祉のために宗教を利用するにあるのではなくして、ただその生の悲哀のゆえにひたすら母なる「仏」にすがり寄るのである。この純粋の動機を理解せずには、彼らの信仰は解し得られないと思う。P52
「日本精神史研究」 和辻哲郎 (ISBN:4003314476

日本史を通じて思想の全体構造としての発展をとえようとすると、誰でも容易に手がつかない所以は、研究の立ち遅れとか、研究方法の問題をこえて、対象そのものにふかく根ざした性質にあるのではなかろうか。・・・これはあらゆる時代の観念や思想に否応なく相互関係を与え、すべての思想的立場がそれとの関係で −否定を通じてでも− 自己を歴史的に位置づけるような中核あるいは座標軸に当る思想的伝統はわが国には形成されなかった、ということだ。P4-5
「日本の思想」 丸山 真男 (ISBN:400412039X

日本において丸山真男がいう「古層」が抑圧されなかったのは、日本が海によって隔てられていたため、異民族に軍事的に征服されなかったからである、と。日本に入ってきた宗教が仏教であったがゆえに、「去勢」がおこらなかった、ということではない。仏教は特に寛容な宗教ではありません。逆にいって、一神教が特に苛酷だということもない。苛酷なのは、世界帝国による軍事的な征服と支配です。宗教がたんにその教えの「力」だけで世界に広まるということはない。その証拠に、世界宗教は、旧世界帝国の範囲内にしか広がっていないのです。世界帝国は多数の部族や国家を抑圧するために、世界宗教を必要とした。P104
「島」においては、自らの輪郭を維持するためのエネルギーが消費されず、また、外から何でも受け入れるが、プラグマディックにそれを処理して伝統規範的な力にとらわれず創造していくことが可能になる。こういえば、宣長が「やまと魂」と呼んだものが、いかにして生じたかが説明できます。日本列島には多くの種族が古来渡来してきていますが、軍事的な征服は一度もなかった。だから抑圧あるいは「去勢」がなかったのです。P111
「日本精神分析」 柄谷行人 (ISBN:4061598228

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