葬儀と日本人 位牌の比較宗教史 菊地章太 ISBN:4480066179

中国

前三世紀〜二世紀 戦国時代末〜漢代 

儀礼」、「礼記
 儒教が冠婚葬祭の基準を構築。
 招魂の儀礼(死者の霊魂を呼び戻る)

11世紀後半 宋代

朱熹 朱子学 人は誰でも学んで聖人になりうる。
  「家礼」。冠婚葬祭の儀礼を簡略化して、庶民に開放。
  没後に時を定めて故人の祭りを行う。(四十九日の満中陰、年忌法要、忌明け)

12世紀 南宗

禅宗
 本来は坐禅の宗教。只管打坐(しかんたざ)
「禅苑清規」(中国の僧院生活の規律)
 インド仏教で禁止されていた労働を取り入れる。作務。普請。
 「家礼」の影響で葬儀作法の完成。僧侶の葬儀のための作法。おおむね儒教の作法を踏襲している。
 在家にも準用。在家の信者をいったん出家したことにして、戒名を授ける。




日本

中世

禅宗 中国より坐禅の宗教として伝わる。
曹洞宗 禅宗密教思想の導入とともに俗世へ近接。
 地方の支配者層や下級武士に、さらに農民に普及。
 葬儀を積極的に推し進めて布教の手段とする。

17世紀末 江戸時代

寺請制度 
 檀那寺を定め、切支丹でないことを証明。寺が身分を保障。
 農民を定着させて生産活動に従事させるため。
 檀家が寺の経営を負担する。
 現在の全国6千の寺の9割が戦国時代末から江戸時代初期までにできた。

江戸時代中期

 仏式葬儀がほぼ全国で実施。墓地の造営がさかんになり、仏壇、位牌、過去帳が普及。
 「家」の確立期でもある。庶民でさえ、祖先や家という意識を持つようになる。
 中国、韓国に比べて日本人は血、祖先というものに関心が低い。日本人の系譜は父系と母系が入り乱れている。養子縁組や入り婿入り嫁も珍しくない。血より家を重視する。