メディア時代の文化社会学 吉見俊哉 (1994) その2
Ⅰ メディアの変容と電子の文化
6 メディア変容と電子の文化
口承から電子に至るメディアの螺旋状的発展が、一方で文字による線形的なディスクールをまず突出させ、ついで偏在化させ、再び全身的な感覚性の次元に包摂していく過程であったのと同時に、他方ではわれわれの身体的な相互作用を機械的複写によって全面的に代補させていく過程であった。
- 縦軸 オングらが論じた社会の言説的な変容
- 横軸 言説的な変容が起きていくコンテクストそのものの変容
- <口承の文化>→<筆記の文化> オング
- <筆記の文化>→<活字の文化> 「グーテンベルクの銀河系」以来の印刷革命をめぐる歴史学的研究
- <活字の文化>→<電子の文化> <口承の文化>→<電子の文化> マクルーハン、ポスター、メイロウィッツ
*1994年の著作であり、ネット、携帯の爆発的な普及前である。マクルーハンは活字文化から電子文化への流れを「線形的で視覚的な形態から、包括的で触覚的な形態へ向かう」としたが、現在のネット文化は活字的であり、口承的である。ここに共通するのは、疑似現前性だろう。非時間的、非空間的な他者と一対一の即時的コミュニケーションを可能にする。図1ではとらえきれないのではないだろうか。(pikarrr)
Ⅱ 歴史のなかのメディアの変容
5 電子テクノロジーの社会的構成
新たな電気的な音響メディアをめぐり、同時代の社会は異なる次元のイメージを付与していた。
- 手紙的イメージ
- メディアを、手紙の文書や電信の延長として、つまり特定の人間の間で情報を瞬時に伝え、あるいはその情報を記録していく装置として確立していこうとする志向。
- ベル、エジソンのような発明家や技術者の根底にあった発想
- 官僚的な情報伝達のシステムが社会全域に張り巡らされ、広域化する。
- パーソナル・コミュニケーション、通信
- 劇場的イメージ
- メディアを、劇場の複製として、つまり音楽や演劇、語りを幅広い社会層が享受できるようにする娯楽装置として発達させていこうとする志向
- 当時の大衆が新しい音声メディアのなかで感じ取っていた潜在的な欲望
- 大衆消費社会の形成過程において、音楽や演劇、あるいはさまざまな流行を消費する文化が一部エリートから広域な都市大衆へ拡大していく。
- マス・コミュニケーション、放送
- 広場的イメージ
- 有線放送電話、アマチュア無線家たち
- 都市の広場のようなゆるやかな結びつきをもつ多数の人びとが、横断的な関係を形成していく電磁的な場
- 「菌糸的」ネットワーク
- パーソナルとマスの中間的コミュニケーション
*ここでのイメージは私がいうところのエクリチュール時代に相当するだろう。資本権力を中心とした中央主権的システム。社会的な枠組みによるコミュニケーションの規定。90年代に爆発したネットコミュニケーションでは、手紙的はメールであり、劇場的はHP?、広場的は掲示板である。ネットコミュニケーションにより新たに大きく変わろうとしてる。(pikarrr)