なぜ2ちゃんねるはただのネットサービスになったのか

pikarrr2009-01-03


ただのネットサービスになった2ちゃんねる


ひろゆき2ちゃんねる「譲渡」して責任者を降りたとか。(「2ちゃんねる、“言論の自由なき日本”を見捨てた?」http://sankei.jp.msn.com/economy/it/090102/its0901021022001-n1.htm)形式的な対応だとはとも言われているが、しかし2ちゃんねるも10年近くですっかりネット界隈も様変わりしたなと、思うこのごろ。

このブログも5年近くなり、ネット界隈の観察も続けてきたが、その間にすっかり状況はかわったようにおもう。たとえば5年前はまだ日本でブログが流行はじめで、mixiもなかったと思う。(「2ちゃんねるポストモダンを越えていく」http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20060703#p1

なにがかわったか。2ちゃんねるはネットの特異な領域であって、また中心でもあり、2ちゃんねるというブランドに意味があった。しかしいまや2ちゃんねるという境界そのものがもはや意味を持たない。ブログやmixi、ニコニコなど新たなサービスの台頭とともに、ネットのコミュニティ文化は解け合っている。

ユーザーはある興味の対象をもとに、これらのサービス間を行き来する。あるいは行き来するというよりも積極的に、興味の対象というコミュニティ自体が主であって、それぞれはどこに人が集まっているかというただのネットサービスになっている。2ちゃんねる専用ブラウザーの使用もあって、興味あるスレッドにのみ参加する。2ちゃんねる、板というコミュニティ感覚も希薄で、もはやスレッドはローカルな掲示板のようである。




ネット/実社会の融合


その意味では、2ちゃんねるの特徴であって匿名性ということも緩んでいる。かつては匿名に厳密であり、知られることで実社会への被害が及ぶという強迫性があったように思うが、最近は興味を同じくするコミュニティが主になることで、メンバーはどのネットサービスに関係なく、知り合いになる。

ここに見られるのは、2ちゃんねるという境界が希薄化するだけではなく、ネットと実社会との境界も希薄化しているのだろう。このような実社会への関わりはmixiで先行して見られた。それがケツ毛バーガーなど様々な事件につながったわけであるが、もはやネット全体に広がっている。

2ちゃんねる/その他ネットであり、ネット/実社会という境界が希薄化し、融合しているということ。このような流れはある意味で自然な、当然であるといえる。むしろネット社会と言われつつ、境界があったことが不自然であり、初期的な現象ともいえるだろう。




教育されるネットユーザー


このような流れは、ネット上の違法が実社会に影響を与えるということで、ネット上の治安強化にも大きな影響を及ぼすだろう。ここ1年で活発になったのは、警察による殺害予告などなの徹底的な取り締まりである。そのほとんどが愉快犯であったが、それでも執拗に警察は不用意な発言をするものを実効的に逮捕した。これは見せしめであり、ネットだから放置せずに介入するという意思表示である。

たとえば画像掲示板などでは明らかに法に触れるような画像の投稿が自粛された。たしかにいまでも無修正なエロ画像は氾濫している。ネットカフェや海外サーバーなどの抜け道はいくらでもあるだろうが、普通にネットを楽しむユーザーには自制が働いている。通報しますた。」がネットユーザーへ教育(規律訓練)として働いている事実がある。




「ネット(当たり前)社会」の到来


ひろゆき2ちゃんねるに絡む訴訟などの問題をネットリバタリアンとして反社会的に無視してきたのではなく、「協力はするけど、いまの制度ではどうしようもないでしょ」と匿名掲示板という物理的な状況と、それらへの対応を想定していない法の限界を主張してきた。とくにニコニコ動画では違法著作権の作品を排除するなど、YouTubeやあるいはGoogleなどよりも積極的に社会的な倫理を尊重する行動をとってきている。

今回のひろゆき2ちゃんねるの責任者を降りたことも、同様な対応だろうが、またネット上の規制強化を受け入れる姿勢でもあるといえるだろう。今後も、ネット/実社会が融合していくなかで、規制強化の傾向は強まり、そしてネット上の秩序としてユーザーは教育されていくだろう。確実に時代は「ネット(当たり前)社会」へと変わりつつある。

*1

*1:画像元 2ch譲渡 : ひろゆき@オープンSNS http://www.asks.jp/users/hiro/54104.html