哲学

なぜ「この私」であって、他人ではなかったのか。

なぜ「この私」は「この私」か 柄谷は「この私」を固有名であると言いました。犬と「ポチ」の違いですね。100匹の犬がいて、どの犬である可能性はありえた。しかしそのうちの1匹を選び、「ポチ」と名付けた。固有名の過剰性とはなにか。これはラッセルか…

「断絶」を閉じる欲望が「断絶」を開く

精神と身体の「断絶」 ラカンのネオテニー(幼形進化)はフロイトから来ているものでしょ。人間は早熟で生まれ、統一した自我を持たないために、生まれた後に他者像(鏡像)によって統一的な身体像(自我)をもつ。これによって人間はそのはじめから自分を他…

「無垢」ジャンキー

主体とは否定神学システムである。否定神学システムとは消失点(断絶)を空想で隠す。消失点とは自己言及点だ。この「私は誰だ」に答えられないというシステムの不全点から、「お前は誰でもない」と偶然性が進入し続ける。だから「オマエモナー」は空想を暴…

なぜ「否定神学システム」を回避することは不可能なのか。

なにが外部へ排除(欲望)されているか 「グーグルの技術者たちが作り込んでいく情報発電所がいったん動き出したら人間の介在なしに自動的に事を成していく」世界である」*1というとき、この「人間を介なしに」という空想は、ボクが「機械論の欲望」と呼ぶも…

ラカンとデリダとボクと その2

固有名論 ラカンとデリダの近似的な関係を見るために、「存在論的、郵便的」(ISBN:4104262013)で重要な、固有名の議論を見てみよう。 「エクリチュール」とはコミュニケーションの脆弱さ、つまり誤配可能性一般を意味している。他方、「多義性」と「散種」…

ラカンとデリダとボクと その1

「クッションの綴じ目」=偶有性から単独性への転倒、まなざしの快楽 ボクは「偶有性から単独性への転倒に神性は宿る」といった。たとえば、ある女性を好きになる。そして彼女は僕の女神になる。このときになぜその女性が好きになったのかの理由はたまたま(…

「生と死」の断絶と解体と救済

「力としての生」と「知としての死」 生と死において重要なことは「個」ということだ。たとえば、僕たちの内部では今も多くの細胞が「死んでいる」。しかしそれこそが僕たちの「生」を支えている。ここでは、「細胞」を「個」と考えると、細胞は死んでいるの…

ジャングル化する社会を生き抜く3つの方法 その2

⑦ジャングル化する社会を生き抜く3つの方法ジャングル化する社会を生き抜く方法とは、簡単に言えばいかに「生き生き」しつづけるかということです。 かつてのサバイバルが豊かさによる「生死」であったのに対して、現代においては「生き生き」できないもの…

ジャングル化する社会を生き抜く3つの方法 その1

①ジャングル化する社会人間社会とはジャングルから秩序を建設することであった。そのような社会的秩序は階級構造によってなりたっていた。うまれながらに居場所、行為が規定されている。民主化とはそもそもが社会構造解体の流れをもつ。平等であることは競争…

続 なぜ盗んだバイクで走り出すのか? まなざしはいつも正しい。

①まなざしはいつも正しい「まなざしの快楽」とは僕たちの行為を導くもの、「正しさ」を指し示すものである。僕たちはいつもまなざしとともにある。僕たちは社会的なことだけでく、反社会的なことをするときもまなざされている。社会的に禁止された行為では、…

他者からの呼び声→まなざしの快楽→無垢(汚物)への欲望

①個体性、集団性、社会性人間は個体の自律性(個体性)が向上したために、集団性が欠如した動物である。動物のように「完全な」集団行動をすることができない。しかしそれでも他者は特別な存在であり、他者志向性という欲動(他者からの呼び声)によって引き…

なぜ「他者からの呼び声」なのか

①世界への他者志向性たとえば火星表面の人面石とはなんでしょうか。火星の表面を観察をしたところ影が人の顔のように見えた。そのほかにも人面魚というのもありました。鯉の模様が人の顔のように見える。このような現象におもしろいのは、偶有的な模様からそ…

無垢とは「他者からの呼び声」である。

①「無への欲望」ラカンの「無への欲望」の物語では、人間と動物の違いは、人間は早熟で生まれるということから始まります。統一感のないまま生まれる故に自己同一性を、他者の鏡像(想像的他者)に、あるいは社会的な立場(象徴的他者、大文字の他者)で満た…

「クオリア」はなぜ語りえないのか。 その2

■僕たちは限りなく同じである。「「クオリア」はなぜ語りえないのか。」(http://d.hatena.ne.jp/pikarrr/20051222)で示しましたが、クオリア(意味)が語り得ないのは、対象があり、意味へと変換するのは、因果律ではなく、その間に解釈項が入るためです。…

なぜ「無垢」への欲望が生のダイナミズムなのか

■生のフロイトと死のラカンラカン思想の問題はわかっている。フロイトの無意識理解にあらわれている。フロイトの豊かでとらえられず、変化し続ける無意識理解に対して、ラカンの無意識は明快である。「無意識は言語で構造化されている。」この明快さは、言語…

「クオリア」はなぜ語りえないのか。

クオリア・マニフェスト 茂木健一郎 http://www.qualia-manifesto.com/manifesto.j.html 私たちの世界観の中で心的現象が本来占める重要性に対するいきいきとした感受性を持ち、心の中の様々な表象(representation、Vorstellung)の重要性を指摘したのが、…

まなざしの快楽とあぼーんする快楽

■コンテクストという社会性 まなざしとはコンテクストです。ボクたちはコンテクストに拘束され、行為します。なぜならコンテクストが共有されないとコミュニケーションできないからです。場(コンテクスト)違いな行為は他者から、外部として排除されます。…

続 なぜジェットコースターに乗るのか

*1 ■ジェットコースターの快楽たとえば、ジェットコースターの楽しさはなにか。あえて危険を味わうのである。ここに「あえて」、すなわち「安全は確保されている」というコンテクストがなければ、それは本当の恐怖であり、楽しむことはできない。「安全は確…